商業 (ゴヤ)

ゴヤの寓意画『商業』

フランシスコ・デ・ゴヤの作品『商業』（El Comercio）は、1804年から1806年の間に制作された寓意画です。この作品は、スペインのロマン主義を代表するゴヤの優れた作品のひとつとされており、現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されています。また、同作品の油彩による準備習作はニューヨークの個人コレクションに保存されています。

制作の背景

1799年に首席宮廷画家に任命されたゴヤは、当時のスペイン宰相、平和公マヌエル・デ・ゴドイのために多くの作品を手掛けました。ゴドイは1792年に宰相に就任し、国王カルロス4世と王妃マリア・ルイサ・デ・パルマの庇護を受けており、彼の政治的地位を強化するための視覚的宣伝を意図していました。

ゴヤは1801年から1806年にかけて、ゴドイの宮殿を装飾するための4点の円形の寓意画を依頼されました。これには『商業』の他、『農業』（La Agricultura）、『工業』（El Industria）、『科学』（La Ciencia）が含まれており、ゴドイが支持した啓蒙主義の考えや地域経済の発展を象徴する作品として位置づけられました。特に、これらの作品が設置された正面大階段ホールは、訪問者がゴドイに会うための待機場所であり、政治的なメッセージを伝えるのに適した空間でした。

作品の描写

『商業』では、店内で会計帳簿を確認している2人の商人が描かれています。彼らは薄暗い室内の中で、テーブルに寄りかかりながら活動しており、テーブルの上には書類や縄で縛られた荷物が散らばっています。このシーンは商業活動の日常を具体的に表現しており、特に筆記用具を手にした商人たちの姿からは、真剣な業務の様子が感じ取れます。さらに、背景には年配の女性と若い女性が読書している様子が描かれ、知識の重要性や教育を暗示しています。前景には、信頼と誠実さの象徴として白いコウノトリが配置されており、商業の理念を巧みに表現しています。

当初の構想は、現在の形とは異なり、複数のテーブルが並び、様々な商人がそれぞれのテーブルで作業をしているという描写があったと言われています。このことから、ゴヤが最初に商人の日常を描くことに重きを置いた後、象徴的な意味を持たせるためにコウノトリを追加したことが分かります。

作品の配置と現在の状況

完成後、これらの寓意画は正面大階段のホールに掲示されました。『商業』と『農業』はホールの北と南の壁に、それぞれ設置されており、『工業』と『科学』はそれぞれ東と西の壁に配置されました。当時、これらの作品は訪問者に強い印象を与え、ゴドイの統治を象徴する重要な要素となりました。

1807年以降、ゴドイの宮殿は海軍省の本部として使用され、作品たちはそのまま残されました。1930年に海軍省がパセオ・デル・プラドに移転した際、四点の寓意画は1932年にプラド美術館に寄託されましたが、残念ながら『科学』だけは今では失われてしまっています。

作品『商業』は、画業と歴史の交差点に立ち、当時のスペイン社会の価値観を理解するための貴重な手掛かりとなっています。その美しさと意義は、今日でも多くの人々を惹きつけてやみません。

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