喜能会之故真通

『喜能会之故真通』（きのえのこまつ）は、文化11年（1814年）に刊行された春画です。作者については諸説あり、葛飾北斎の作品とされていますが、確証はありません。署名は紫雲菴鳫高となっています。

この作品は、色摺半紙本三冊から構成されており、上巻が「喜能會之故真通」、中巻が「甲の小満つ」、下巻が「幾のへのこ満つ」という外題になっています。いずれも「甲の小松」を意味し、正月初子の日に小松を引いて遊ぶ「子の日遊び」と、甲子の夜に大黒天を祭って商売繁盛などを願う甲子待にかけた言葉遊びが込められていると考えられます。なお、『日本艶本目録』などに出てくる『喜能會の故事通』は誤記であり、実際には存在しない作品です。

作者に関しては、北斎説の他に、北斎の三女である葛飾応為や門人である渓斎英泉の作品とする説もあります。林美一や辻惟雄は、筆致の差異を根拠に北斎以外の作であると主張しています。一方で、浅野秀剛は、画の緩みや弟子任せの箇所は部分的で、全体としては北斎の構想に基づく高い完成度を持つ作品であると評価しています。

この作品の中で特に有名なのが、「蛸と海女」という図柄です。2匹の蛸が若い海女を襲う様子が描かれており、ポルノグラフィにおける「触手もの」の先駆けとも言われています。林美一は、「蛸と海女」を本書を代表する最高の出色図と評し、『喜能会之故真通』はこの一図によって永遠に記憶されると高く評価しています。

『喜能会之故真通』の特徴として、ほとんど全ての場面が画中の登場人物の台詞で構成されている点が挙げられます。また、喜悦の声や局所から出る音などがカタカナで記述されているのも特徴的です。さらに、後の作品である『万福和合神』の主人公「おつび」「おさね」が一部登場していることも興味深い点です。

このように、『喜能会之故真通』は、作者や解釈に諸説あるものの、その独特な表現、大胆な描写、そして「蛸と海女」という象徴的な図柄によって、江戸時代の春画史において重要な位置を占める作品と言えるでしょう。その後の作品にも影響を与えた可能性も示唆されており、さらに研究を深める必要がある作品です。

参考文献

浅野秀剛『葛飾北斎・春画の世界』洋泉社、2005年
林美一『【江戸艶本集成】第九巻 葛飾北斎』中野三敏・小林忠監修、河出書房新社、2011年

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