四通橋事件

四通橋事件

四通橋事件は、2022年10月13日の朝、中華人民共和国の首都である北京市海淀区に架かる四通橋で発生した抗議行動です。この出来事では、習近平中国共産党総書記（当時）の体制に対する批判的なメッセージが書かれた横断幕が掲げられました。中国では厳重な言論統制が敷かれており、こうした政治的な抗議行動が公然と行われるのは極めて異例のこととして注目されました。事件が発生した時期は、2022年10月16日から開催される中国共産党第二十回全国代表大会のわずか3日前という、政治的に非常に緊迫したタイミングでした。

この抗議は、習近平総書記が進める個人崇拝や独裁、人権侵害、検閲強化、そして事実上の終身的な指導体制の追求、さらに当時実施されていた厳格なゼロコロナ政策といった政策への反対を表明するものでした。抗議者は横断幕を掲げるだけでなく、その場でタイヤに火を放ち、発生した煙によって人々の注意を引こうとしました。抗議を行った人物の身元は公式には特定されていませんが、1989年の天安門事件の際に戦車の前に立ちはだかった「タンクマン」になぞらえ、「ブリッジマン」（Bridge Man）として知られるようになりました。

中国共産党の支配下にある中国では、過去にも様々な抗議活動が発生しています。社会学者の指摘によれば、2010年には当局に対して年間180,000件もの抗議があったと記録されています。しかし、四通橋事件のような、最高指導者を直接的に批判し、かつ人通りの多い首都の中心部で行われる抗議は稀有なケースです。

事件の当日、四通橋の側面に掲げられた2枚の横断幕には、強い言葉で習近平体制を批判するメッセージが記されていました。例えば、「独裁国賊習近平を罷免せよ」、「文革はいらない、改革が必要だ」、「領袖は要らない、投票が欲しい」、「封鎖は要らない、自由が欲しい」といった文言が確認されています。この抗議は一人で行われたと見られており、抗議者は建設作業員に偽装するため、オレンジ色のベストと黄色のヘルメットを身につけていました。横断幕の掲示と発煙に続き、抗議者は拡声器を用いて「学校と職場でストライキを行い、独裁者で国賊の習近平を排除せよ！私たちは食べたい、自由が欲しい、投票したい！」といったスローガンを繰り返し叫びました。日本のメディアも「飯を食わせろ！自由をくれ！投票させろ！」などと、民主化を求める声が聞かれたことを報じています。

横断幕が掲げられた現場には、すぐに警察や消防当局が駆けつけ、抗議の痕跡は即座に撤去され、一帯には厳重な警備体制が敷かれました。この抗議行動を捉えた写真や動画は、SNS（ソーシャル・ネットワーキング・サービス）を通じて急速に拡散しましたが、それらは間もなく当局による検閲の対象となり、閲覧できなくなりました。抗議者の正体については様々な憶測が流れましたが、ある物理学者であるとする説がSNS上で広まり、そのTwitterアカウントには称賛の声が多数寄せられたとされています。中国国内の国営メディアは、この事件について一切報じませんでした。

この勇敢な抗議行動は国際社会でも大きく取り上げられました。BBCニュースは、四通橋事件を「習近平体制下における中国人民による最も重要な抗議行動の一つ」と評価しました。事件に呼応する形で、アメリカ、イギリス、カナダ、オランダ、韓国など、多くの国の大学キャンパスで、四通橋事件の抗議者への連帯を示すポスターが貼られたり、習近平批判のスローガンが掲げられたりしました。これらの行動を捉えた写真もSNSで広く共有されました。中国国内でも、四通橋事件のスローガンに触発された落書きが出現したり、AirDrop機能を使ってメッセージが共有されたりするなど、抗議の動きが一部で模倣される現象が見られました。また、抗議者を称賛するアート作品もオンライン上で共有されています。

中国当局は、四通橋事件に関連する情報に対し、徹底的なインターネット検閲を実施しました。抗議の動画や画像を再投稿した一部の個人が逮捕されたことも報じられています。「四通橋」や「勇敢な男」といった、抗議を示唆する可能性のある言葉やフレーズは検閲対象となり、さらに「勇気」、「橋」、果ては「北京」といった一般的な言葉までもが一時的に検索できなくなるなど、当局の強い危機感がうかがわれました。

四通橋事件は、中国の厳しい管理社会においても、体制への異議申し立てが行われる可能性を示した象徴的な出来事となりました。抗議者の身元は依然として不明ですが、「ブリッジマン」として、多くの人々に強い印象を残しました。

もう一度検索