国分謙吉

国分謙吉：岩手県を改革した「農民知事」

国分謙吉（1878年-1958年）は、岩手県を代表する農政指導者にして政治家です。戦後の混乱期において、初代民選岩手県知事として8年間務め、県民から深い信頼と尊敬を集めました。彼の生涯は、農村の近代化と地域社会の発展に捧げられた、波瀾に満ちたものでした。

生い立ちと農業への貢献

岩手県二戸市に生まれた国分は、旧盛岡藩士の家に三男として誕生しました。学問好きだった父の影響を受け、幼少期から勉学に励みましたが、遊び好きだった一面も持ち合わせていたようです。小学校卒業後は、銀行や呉服店で働きながら、夜なべをして農業書を読み漁るなど、農業への強い関心を持ち続けました。

若くして「私立国分農事試験場」を設立し、小作人への指導や優良種苗の配布などを通して、地域農業の近代化に貢献しました。その後も、二戸郡の青年会長や農会長を歴任し、農業指導者としての経験を積み重ねていきました。さらに、「岩手蚕種株式会社」（現・岩手農蚕株式会社）を設立し社長に就任、自ら経営に携わることで、農業の近代化を推進しました。

1925年には「国分農場」を設立し、実践的な農業技術の開発・普及にも取り組んでいました。1932年には「岩手農政社」を組織し、農畜一体経営の運動を展開するなど、農業分野での影響力はますます大きくなっていきました。

初代民選知事としての活躍

国分の政治家としてのキャリアは、岩手県会議員を経て、1947年の岩手県知事選挙での当選によって本格的に始まりました。戦後の地方制度改革以前、知事は国から派遣された官僚が務めるのが一般的でしたが、国分は選挙によって選ばれた初めての知事でした。これは、農村部の格差への不満や、都市部における食糧行政への期待感の高まりを背景としていました。

知事在任中は、農業基盤整備に力を注ぎました。乳牛の飼育奨励、県有林整備10年計画、北上川水系の治水開発、ブドウ栽培の推進など、多岐にわたる政策を展開しました。戦時中の過剰な伐採によって頻発するようになった水害の復旧にも取り組みました。また、カスリーン台風やアイオン台風の上陸による深刻な被害に対しても、迅速な復旧作業を指揮しました。

「農民知事」としての親しみやすさ

国分は、いわゆる「ズーズー弁」（方言）を公の場でも使用しました。これは、従来の官選知事には見られなかった親しみやすさとして、県民に広く受け入れられました。そのため、彼は「農民知事」と呼ばれ、県民から愛される存在でした。昭和天皇の行幸の際、国分の説明に皇后陛下が思わず笑みをこぼしたというエピソードも残っています。

8年間の知事在任後、1955年に退任しました。以降、岩手県知事の多くは東大卒や国会議員経験者ですが、国分のような「農民知事」は未だに現れていません。

エピソード

盛岡市と滝沢市を結ぶ道路「国分通り」は、彼の功績を称えて命名されました。知事就任の挨拶で「岩手は独立する。もう中央の言うことは聞かない。」と宣言した逸話も有名です。また、2万冊にも及ぶ蔵書を持つほどの読書家としても知られており、高村光太郎の詩「岩手の人」のモデルになったともいわれています。

国分謙吉の生涯は、農業への情熱と、地域社会への貢献という強い信念によって貫かれていました。彼の功績は、現在も岩手県の発展に大きな影響を与え続けています。

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