国朝名臣事略

『国朝名臣事略』

『国朝名臣事略』（こくちょうめいしんじりゃく）は、1329年（天暦2年）に元代の文人・蘇天爵によって編纂された伝記集です。オリジナルのタイトルはそのまま『国朝名臣事略』ですが、明代以降、『国朝』の意味が変わったため、新たに『元朝名臣事略』という名称でも知られるようになりました。

著者と背景

著者の蘇天爵は元末を代表する文人として知られ、モンゴル朝廷の政策や実務にも精通していました。彼は『元朝実録』や『経世大典』に関わっており、当時のモンゴル政権の事情について深い理解を持っていたことから、本書はその歴史的背景をひも解く上で重要な資料と言えます。

収録内容と特徴

本書では、モンゴル帝国の初期から仁宗アユルバルワダにかけて活動した47名の功臣の伝記が紹介されています。内容は、朱熹による『宋名臣言行録』や杜大珪の『名臣碑伝珠集』と同様の形式を踏襲しつつ、独自の解釈や情報も盛り込まれています。最大の魅力は、さまざまな墓碑や墓誌、行状、家伝に基づいて記述され、出典を明示していることです。

たとえば、耶律楚材に関する「中書耶律文正王」の伝記では、現存しない書物「趙衍撰行状」が引用されています。これは、耶律楚材の著名な伝記を記した宋子貞が参照した資料であり、こうした引用が多く見られることから、散逸した書籍の情報が保存されている点で本書は高い史料価値を提供しています。

本書の中で紹介されている人物群には、特にモンゴル人と色目人が約4巻を占め、残りの巻数はほとんどが「漢人」（ここでは旧金朝領から出た人々を指す）で構成されています。比較的近年では「南人」（旧南宋領出身者）はまったく登場しない点も重要な特徴です。

編集と版本

乾隆年間に編集されたとされる『武英殿聚珍版書』は、元の版本に問題があったため、後に発見された1335年の余志安の勤有書堂刊本に基づく影印版が主に流通しています。この影響により、原本とは異なる部分が存在する可能性も考えられますが、伝記の内容自体は比較的一貫性を持っているとされています。

参考文献

本書の研究にあたっては、以下の文献が参考とされています：

• - 植松正「元朝名臣事略」『中国史籍解題辞典』燎原書店、1989年
• - 杉山正明『耶律楚材とその時代』白帝社、1996年　ISBN 4891742356
• - 蘇天爵撰/姚景安點校『元朝名臣事略』中華書局、2019年

本書『国朝名臣事略』は、元代の歴史や文化を知る上で重要な資料であり、蘇天爵の知識と理念が色濃く反映されています。

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