国木田治子

国木田 治子（くにきだ はるこ、1879年生まれ、1962年没）は、日本の明治から昭和時代に生きた女性小説家です。本名は治。著名な作家である国木田独歩の妻として知られ、夫が存命の頃からその死後にかけてのおよそ10年間にわたり、創作活動を行いました。

生涯

治子は1879年8月7日、東京市神田末広町（現在の東京都千代田区外神田）に、榎本正忠と妻・米の長女として生を享けました。父・正忠は、旗本の三男であり、かつて士官学校で図画を教えていた経験を持つ人物でした。一家は1888年、麹町一番町へと移り住み、治子はこの地で富士見小学校に入学します。

1895年、16歳を迎えた年に父・正忠が世を去り、治子が榎本家の戸主を引き継ぐことになります。そして1898年、19歳になった治子は、隣家に下宿していた作家・国木田独歩と結婚しました。独歩にとってはこれが再婚でした。結婚後の生活は困窮を極め、一家は各地を転々としながら暮らします。こうした苦しい状況の中で、1899年には長女の貞子を、1902年1月には長男の虎雄を、そして1904年には二女のみどりをもうけました。

1902年、独歩が職を得て生活がようやく安定したのを機に、23歳だった治子も筆を執り始めます。この時期には、独歩の愛人が家庭内に同居するなど、波乱に満ちた日々もありましたが、夫・独歩は1908年に病のため生涯を閉じます。そのわずか3ヶ月後、治子は二男の哲二を出産しました。

独歩の死後も作家活動を続け、1911年には32歳で女性文芸雑誌『青鞜』の賛助員に名を連ね、創刊号に随筆『猫の蚤』を発表しています。しかし、文筆による収入だけでは家族を養うことが難しく、1912年から1918年にかけては三越の食堂部に勤務する傍ら、生け花を教えて家計を支えました。これにより、約10年間続いた文筆活動からは徐々に遠ざかることになります。

晩年は二女である柴田みどりの家族と共に過ごし、1962年12月22日、83歳で静かに生涯を終えました。

人物像

国木田治子は、貧しい暮らしの中でも不平や愚痴を一切口にせず、夫・独歩に献身的に尽くした人物として知られています。その忍耐強く、夫を支える姿は、周囲から「良妻」として高く評価されました。夫である独歩自身も、妻への信頼と感謝を込めて「極めて余に忠実なり」と書き残しています。

文筆活動

治子の文筆活動は、夫の独歩が安定した職に就いた1902年頃から始まり、夫の死後も含めておよそ10年間続きました。彼女は小説、随筆、評論など様々な形式で作品を発表しています。代表的な小説には、新聞に連載された長編『破産』（1908年）があり、これは後に文学全集にも収録されるなど評価されています。また、夫の独歩について記した『家庭に於ける独歩』（1908年）のような回想録的な作品も発表しました。さらに、夫の遺稿をまとめる作業にも尽力し、『独歩書簡』『独歩小品』『独歩手記』といった編著書も刊行しています。これらの活動を通じて、治子は国木田独歩の文学世界を伝える上でも重要な役割を果たしました。生計のため文壇から離れた後も、その作品は後世に再評価されることになります。

没後の評価

治子の作品、特に小説『破産』などは、没後に再版されたり、明治女流文学集や現代日本文学大系といったアンソロジーに収録されたりしています。これにより、国木田独歩の妻としてだけでなく、一人の作家としての国木田治子に再び光が当てられています。

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