国立競技場の建て替え

国立競技場の建て替えは、東京都新宿区に位置する日本の主要な陸上競技場を、将来的な需要の変化や施設の老朽化に対応させるため、新たに建設し直した一連の過程を指します。特に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムとしての使用を目指し、計画が大きく動き出しました。

この建て替えを巡る議論は、2008年に文部科学省が施設の在り方を見直す有識者会議を設置したことに端を発します。当初は大規模改修やサッカー専用化も視野に入れられていましたが、2016年夏季オリンピックの東京招致が失敗に終わったことで、一旦は改修計画も白紙となりました。

しかし、2011年に東京が2020年夏季オリンピックへの立候補を表明すると、旧国立競技場を約8万人収容のスタジアムに改築し、開閉会式や主要競技の会場とする新たな計画が立てられました。日本スポーツ振興センター（JSC）は、この計画を実現するため、施設の詳細な調査や改修の検討を進めます。

当初、JSCは既存施設の改修による利用継続も考慮しました。耐震診断に基づき、約7万人規模への大規模改修案が約777億円と試算されましたが、複数の問題点が浮上します。北東側スタンドの一部が道路に突出していることによる既存不適格の問題、8万人規模化によるスタンドの歪み、耐震補強による内部空間の狭隘化、バックヤード不足などが挙げられ、改修では国際大会に必要な機能や収容人数を確保することが困難と判断されました。こうした理由から、JSCは改修案を断念し、全面的な建て替えへと方針を転換しました。

2012年には、新たなスタジアムの将来構想が具体化し、8万人収容可能な全天候型スタジアム、陸上競技と球技両用、文化イベント開催、災害時避難場所といった機能が検討されます。同年には国際デザインコンペが開催され、建築家ザハ・ハディド氏による特徴的なデザイン案が最優秀賞に選ばれました。この時点での総工費は1300億円程度と見込まれていました。

2013年に東京が2020年オリンピックの開催地に決定し、国立競技場はメイン会場に正式決定します。これに伴い、旧国立競技場敷地内の関連施設や隣接する都営住宅の解体・立ち退きも進められることとなりました。当初の予定では2014年に解体を開始し、2015年に着工、2019年3月に竣工する計画でした。

しかし、ザハ案は承認後、建設資材や労務費の高騰、設計の複雑さなどから総工費が当初の倍以上の2520億円にまで膨れ上がることが判明しました。この巨額な費用に対して国民や建築家、政治家など各方面から強い批判が巻き起こり、計画は迷走します。建築家の槇文彦氏らは神宮外苑の景観保護の観点から計画を批判し、独自の改修案などを提案しました。

批判の高まりを受け、2015年7月、当時の安倍晋三首相は建設計画の白紙撤回を表明しました。これに伴い、新国立競技場での開催が予定されていた2019年ラグビーワールドカップの会場も変更されました。

計画の白紙化後、総工費1550億円程度を目指す新整備計画が策定され、デザインと施工を一括で行う公募型プロポーザル方式による再コンペが実施されました。応募は2チームに絞られ、2015年12月には大成建設・梓設計・隈研吾氏のチームによるA案が優先交渉権者に選ばれ、約1490億円での建設が決定しました。

建設プロセスでは、旧国立競技場の解体工事において、JSCによる入札手続きの不手際から遅延が発生し、官製談合疑惑なども取り沙汰される事態となりました。最終的に解体は2015年 1月に始まり、新国立競技場の着工は当初予定より遅れて2016年12月となりました。建設工事においては、現場監督の新入社員が過重労働を原因とする自殺と見られる形で亡くなるという痛ましい事態も発生しました。

新計画では、当初必須条件だった開閉式屋根は観客席上部のみとなり、陸上競技用のサブトラックも仮設での設置となりました。これは建設費抑制や工期短縮のためでしたが、大会後の施設運用や国際大会誘致への課題を残しました。費用の面では、総工費の分担について国、東京都、JSC（スポーツ振興くじの収益）間で協議が行われ、最終的に国が半分、都とJSCがそれぞれ4分の1を負担することで合意しました。

建設地である神宮外苑周辺の景観や環境への影響も大きな論点となりました。風致地区指定の緩和による建物の高さ制限の引き上げ、周辺樹木の伐採・移植、人工地盤の影響、ヒートアイランド現象への懸念などが市民団体や専門家から指摘されました。新たなデザインでも、その高さや外観が周辺環境と調和するのか、議論が続きました。

様々な曲折を経て、新国立競技場は2019年11月30日に完成し、大会組織委員会に引き渡されました。この建て替えは、当初の計画から大幅な変更や費用の膨張、多くの批判を伴いながら進められた、日本の大型公共事業における困難と課題を象徴する事例となりました。

竣工後も、高額な維持管理費や大会後の利用方法、特に天然芝の維持管理の難しさや、コンサート等での活用に向けた開閉式屋根の将来的な設置検討など、継続的な課題が残されています。

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