坂東彦三郎 (5代目)

五代目坂東彦三郎（ごだいめ ばんどう ひこさぶろう）は、1832年に生まれ、1877年に亡くなるまで、日本の歌舞伎界でその名を轟かせた特異な存在でした。彼は、幕末から明治初期にかけて活躍し、その演技力の高さから多くの観客に愛されました。俳名としては薪水、鶴子、薪子を持ち、屋号は音羽屋と呼ばれる彼は、広範囲の役柄を演じ、その度に新たな魅力を披露しました。

出生については、浅草の大工為蔵の子に生まれたとされている他、一部では歌舞伎の作家である村冠二の子という説もあります。彼は、天保11年に四代目坂東彦三郎の養子となり、坂東鶴之助と名乗りました。初舞台は1842年11月に中村座で行われた『金竜山誓礎』で、演技の基礎をここで身につけたと言えるでしょう。また、天保13年には河原崎座で坂東竹三郎に改名し、その後も子供芝居での経験を積むことで実力を向上させました。

安政元年には市村座にて五代目坂東彦三郎を襲名し、その名前で多くの舞台でその存在を知らしめました。彼の名声が高まる中、四代目中村芝翫との競争が繰り広げられ、どちらがより素晴らしい演技者かを巡って熾烈な戦いが続きました。彦三郎は、その美しい容姿と優れた口調、さらに驚異的な演技力により、時代物や世話物を問わず幅広い役柄に挑戦し続けました。

特に『源平布引滝』の実盛や、『近江源氏先陣館』の和田兵衛、また『黒白論織分博多』における栗山大膳などが彼の得意な役どころとされ、その存在感は舞台の上で際立っていました。『仮名手本忠臣蔵』などの名作でも、由良之助、師直、勘平、戸無瀬、判官など多くの重要な役を演じ、その演技においては一切の妥協を示すことはありませんでした。また、所作事においても『京鹿子娘道成寺』などで特出した才能を発揮し、観客を魅了しました。

しかし、彼の生涯は壮絶なもので、明治10年には大阪での巡業中に急逝しました。五代目坂東彦三郎は「名人彦三郎」や「彦旦那」として称賛され、同時代の九代目市川團十郎からも「忠臣蔵七段目の由良之助だけは兄貴（彦三郎）にかなわねえ」と言わしめるほどでした。彦三郎自身も、自分の演技に自信を持つ人物で、好敵手の芝翫と比較されると「客はあいつ（芝翫）に呼んでもらい、芝居は俺が見せるのさ」と豪語していたとも言われています。

五代目坂東彦三郎の影響は、彼の死後も色濃く残り、歌舞伎界の発展に寄与したと言えるでしょう。

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