埼玉川島町体験スカイダイビング墜落事故

埼玉川島町体験スカイダイビング墜落事故について

2004年1月11日、埼玉県川島町で発生したスカイダイビングの死亡事故は、国内で初めて体験スカイダイビング（タンデムジャンプ）中に発生した死亡事故として、社会に大きな衝撃を与えました。この事故では、ホンダエアポートを離陸した軽飛行機からの降下中に、体験者AとタンデムマスターBの2名が命を落としました。

事故の背景

当時、日本国内のスカイダイビング競技人口は4,000～5,000人とされていました。スカイダイビングを行うためには、飛行場やヘリポートなどの施設が必要となるため、ドロップゾーン（降下場）もそれらの施設周辺に限られていました。関東近郊では、埼玉県のホンダエアポート、栃木県の渡良瀬遊水地、茨城県の阿見町などが主なドロップゾーンでした。これらの場所では、スカイダイビングを実施する団体が、初心者向けの体験ダイビングを提供していました。

特にホンダエアポートは、東京からのアクセスが最も良く、多くの人々が集まる人気のドロップゾーンでした。

タンデムジャンプとは

タンデムジャンプは、2人のダイバーが1つのパラシュートを使って降下するスカイダイビングの方法です。主に、スカイダイビング未経験者向けの体験ダイビングとして実施されます。体験者はハーネスでタンデムマスター（インストラクター）と固定され、パラシュートの操作はすべてタンデムマスターが行います。

体験スカイダイビング当日、参加者は事故免責や注意事項が記載された誓約書に署名します。また、離陸前には、タンデムマスターや運営責任者から10～15分程度の簡単な講習を受けます。講習では、ダイビングの流れ、降下時の注意点、降下中の姿勢などを学びます。体験者は運動に適した服装で参加し、その上からジャンプスーツと呼ばれる専用の衣服を着用します。

タンデムジャンプの装備

タンデムジャンプでは、メインパラシュートと予備パラシュートの2つを装備します。予備パラシュートは、資格を持つ者が120日ごとに点検・たたみ直しを行うことが自主規制として定められていました。また、減速用の小型パラシュートであるドローグも装着します。これは、降下速度が速くなりすぎてメインパラシュートが破損するのを防ぐためのものです。さらに、ダイバーが気絶したりパニックになったりした場合に備え、一定高度で自動的にパラシュートを開くAAD（自動開傘装置）も装備されています。

事故の状況

事故当日の天候は、典型的な冬型の気圧配置で、晴れていましたが、北西の風が吹いていました。この日、体験ダイビングにはAを含む5人が参加し、5組10人がタンデムジャンプを行いました。AとBは最後の組として、午前10時25分頃、高度3,800mから降下を開始しました。降下直後、ドローグは正常に開きましたが、通常は高度1,350m前後で開くはずのメインパラシュートが開かず、予備パラシュートも作動しないまま、2人は地上に墜落しました。

推定では、降下開始から約60秒後に時速約200kmで地面に激突したと考えられています。墜落現場は、荒川河川敷で、地面に大きな穴が開きました。近くでラジコン飛行機を飛ばしていた人が、土煙を目撃し、119番通報しました。

事故後の経緯

警察の調査では、メインパラシュートは袋に収まったままで、操作された形跡はありませんでした。予備パラシュートは、ドローグのロープに巻き付いていました。事故を起こした団体に所属するスカイダイバーは、「メインパラシュートを出しても減速が間に合わないと判断し、意図的に予備パラシュートのみで降下しようとしたのではないか」と推測しました。

別の団体のスカイダイバーは、「機材に問題がなく、正しい姿勢で飛んでいれば、ドローグと予備パラシュートが絡むことは考えにくい。絡まってしまうと、手で払いのけるしかなく、時間が足りない」と述べています。

企画会社の報告書では、タンデムジャンプで予備パラシュートのみで降下する例が、毎年数件あったとされています。

タンデムマスターBの技能と経験

Bは本業が大工で、タンデムマスターは非常勤で行っていました。スカイダイビング歴は15年で、オーストラリア落下傘協会（APF）発行の「APF-D」というライセンスを持っていました。しかし、このライセンスでは、オーストラリアでタンデムダイビングのタンデムマスター資格を得るための講習を受けることはできませんでした。また、使用されていたパラシュートのメーカーであるリラティブ・ワークショップ社は、「自社製品を使用する場合は、自社認定のタンデムマスターが講習を受ける必要がある」としていましたが、Bが同社の資格を取得した記録はありませんでした。

当時、日本にはスカイダイビングに関する法規制や公式な資格認定制度は存在しませんでした。

法的規制の欠如

日本でスカイダイビングを行うためには、航空法の規定により担当官庁の大臣の許可が必要ですが、パラシュートの点検やタンデムマスターの資格などは、スカイダイビングを運営する側の自主規制に委ねられていました。

刑事責任

埼玉県警は、タンデムマスターBを業務上過失致死容疑で書類送検しました。送検理由は、「ドローグを展開したまま予備パラシュートを開こうとしたことで絡ませ、正常に開けなかったことはBの過失である」と判断したためですが、Bが死亡したため不起訴処分となりました。

類似事故の発生

2004年8月には、グアムでも同様の事故が発生し、日本人体験参加者とブラジル国籍のタンデムマスターが死亡しました。この事故でもリラティブ・ワークショップ社の装置が使用されており、装置の構造に問題がある可能性も指摘されました。

損害賠償

Aの両親は、企画会社に対して損害賠償を求める民事訴訟を起こしました。裁判所は、事故原因を「不明」としたものの、企画会社には安全にスカイダイビングを終了させる義務があったとして、約1億800万円の支払いを命じました。裁判所は、体験者が署名した誓約書についても、「死亡などの危険性を受け入れていたわけではない」と判断しました。この判決は、結果責任を認めたものとして注目されました。

この事故は、スカイダイビングの安全性に関する議論を呼び起こし、その後の法規制や安全対策の強化につながるきっかけとなりました。

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