増殖性硝子体網膜症
増殖性硝子体網膜症（Proliferative Vitreoretinopathy、略称：PVR）は、主に裂孔原性網膜剥離の修復手術後に発生する、眼の重篤な合併症の一つです。
この疾患は、網膜剥離の手術を受けた患者さんの約8〜10%に見られ、せっかく再接着した網膜が再び剥がれてしまう主要な原因となり、手術の成功を妨げます。PVRが生じた場合、追加の手術が行われますが、残念ながら良好な視力を回復させることは難しいケースが多いのが現状です。
かつては高度硝子体退縮や大量の網膜周囲増殖などと呼ばれていましたが、1989年に多施設共同研究グループ「Silicone Study」によって現在の「増殖性硝子体網膜症」という名称が提唱され、定着しました。「増殖性」とは、網膜色素上皮細胞やグリア細胞などが異常に増えることを、「硝子体網膜症」は、硝子体と網膜の両方が病的な影響を受ける状態を意味しています。
網膜剥離修復術後にPVRを発症しやすい要因としては、以下のようなものが挙げられます。
手術前からPVRの兆候がある場合
眼内に水晶体がない状態（無水晶体症）
硝子体中のタンパク質濃度が高い
網膜が剥がれていた期間が長い
網膜の裂孔が大きい
眼の中に炎症がある（眼内炎、前部ぶどう膜炎など）
硝子体の中に血液がある（硝子体出血）
過去に眼の外傷や凍結療法を受けたことがある
これらの複数の要因が組み合わさることで、PVRのリスクが高まります。研究によっては、これらのリスク因子を数値化し、発症リスクを予測する試みも行われています。
裂孔原性網膜剥離が起こると、網膜にできた孔を通して硝子体由来の液体が網膜の下に入り込みます。この過程で、網膜の細胞、特に網膜色素上皮（RPE）細胞やグリア細胞などが、硝子体液中のサイトカインと呼ばれる様々な化学物質にさらされます。これにより、これらの細胞は異常な増殖と、本来は静止している細胞が活発に動き回る（遊走）性質を獲得します（上皮間葉転換）。
これらの細胞は、網膜の表面（網膜上膜）や網膜の下（網膜下膜）に線維性の膜を形成します。形成された膜は収縮する性質があり、これが網膜を強く引っ張り、一度再接着した網膜を再び剥がしてしまいます。これは、体の他の部分で起こる創傷治癒の過程で線維組織ができるのと似たメカニズムと考えられています。
また、PVRの発症・進行には、アラキドン酸代謝カスケードなどの炎症に関わる経路や、TNF-α、TGF-β2、PDGF、HGF、IL-6といった様々なサイトカインが深く関与していることが研究で明らかになっています。特にTGF-β2は、PVRの病態における網膜色素上皮細胞の上皮間葉転換や線維化を促進する重要な役割を担うことが示されています。
PVRの重症度を示すために、その臨床所見に基づいてグレード分類が行われます。一般的な分類では、以下のようにグレードA、B、C（さらにDまで含める分類もある）に分けられます。
グレードA：硝子体にごく軽い濁りが見られる、硝子体中に網膜色素上皮細胞が浮遊している状態など。
グレードB：網膜の表面に細かいしわが寄る、網膜の裂孔の縁がめくれ上がるなど、網膜の組織に変化が見られ始める状態。
グレードC：網膜の表面または下に収縮性の膜がはっきりと形成され、網膜を引っ張っている状態。このグレードになると、網膜剥離の再発リスクが著しく高まります。
PVRの病態の中心は、硝子体や網膜上に形成される細胞性の膜です。
網膜上膜（Epiretinal membrane）：網膜の表面、特に黄斑部の上に形成される膜で、網膜色素上皮細胞、グリア細胞、マクロファージ、線維芽細胞など、様々な種類の細胞で構成されています。
* 網膜下膜（Subretinal membrane）：網膜色素上皮層と光受容体層の間に形成される膜で、主に網膜色素上皮細胞からなります。
網膜下膜には二つのタイプがあります。一つは収縮力がほとんどなく薄いタイプで、網膜の再接着手術を妨げにくいものです。もう一つは非常に厚く、強い収縮力で網膜を強く引っ張るタイプで、この膜が存在すると網膜の再接着が困難になるため、手術中にこの膜を取り除く必要があります。
PVRの治療は主に手術によって行われ、膜を取り除いたり、硝子体を除去したりしますが、再発率が高く、視力予後が不良であることが課題です。現在、細胞の増殖や膜形成、炎症を抑えるための補助的な薬物療法に関する研究が進められていますが、臨床使用が広く認められている薬剤はまだありません。
この疾患は、網膜剥離からの視力回復を妨げる大きな障壁であり、その病態メカニズムの更なる解明と、効果的な予防法や治療薬の開発が強く望まれています。
この疾患は、網膜剥離の手術を受けた患者さんの約8〜10%に見られ、せっかく再接着した網膜が再び剥がれてしまう主要な原因となり、手術の成功を妨げます。PVRが生じた場合、追加の手術が行われますが、残念ながら良好な視力を回復させることは難しいケースが多いのが現状です。
かつては高度硝子体退縮や大量の網膜周囲増殖などと呼ばれていましたが、1989年に多施設共同研究グループ「Silicone Study」によって現在の「増殖性硝子体網膜症」という名称が提唱され、定着しました。「増殖性」とは、網膜色素上皮細胞やグリア細胞などが異常に増えることを、「硝子体網膜症」は、硝子体と網膜の両方が病的な影響を受ける状態を意味しています。
発症に関わる要因（素因）
網膜剥離修復術後にPVRを発症しやすい要因としては、以下のようなものが挙げられます。
手術前からPVRの兆候がある場合
眼内に水晶体がない状態（無水晶体症）
硝子体中のタンパク質濃度が高い
網膜が剥がれていた期間が長い
網膜の裂孔が大きい
眼の中に炎症がある（眼内炎、前部ぶどう膜炎など）
硝子体の中に血液がある（硝子体出血）
過去に眼の外傷や凍結療法を受けたことがある
これらの複数の要因が組み合わさることで、PVRのリスクが高まります。研究によっては、これらのリスク因子を数値化し、発症リスクを予測する試みも行われています。
病理とメカニズム
裂孔原性網膜剥離が起こると、網膜にできた孔を通して硝子体由来の液体が網膜の下に入り込みます。この過程で、網膜の細胞、特に網膜色素上皮（RPE）細胞やグリア細胞などが、硝子体液中のサイトカインと呼ばれる様々な化学物質にさらされます。これにより、これらの細胞は異常な増殖と、本来は静止している細胞が活発に動き回る（遊走）性質を獲得します（上皮間葉転換）。
これらの細胞は、網膜の表面（網膜上膜）や網膜の下（網膜下膜）に線維性の膜を形成します。形成された膜は収縮する性質があり、これが網膜を強く引っ張り、一度再接着した網膜を再び剥がしてしまいます。これは、体の他の部分で起こる創傷治癒の過程で線維組織ができるのと似たメカニズムと考えられています。
また、PVRの発症・進行には、アラキドン酸代謝カスケードなどの炎症に関わる経路や、TNF-α、TGF-β2、PDGF、HGF、IL-6といった様々なサイトカインが深く関与していることが研究で明らかになっています。特にTGF-β2は、PVRの病態における網膜色素上皮細胞の上皮間葉転換や線維化を促進する重要な役割を担うことが示されています。
グレード分類
PVRの重症度を示すために、その臨床所見に基づいてグレード分類が行われます。一般的な分類では、以下のようにグレードA、B、C（さらにDまで含める分類もある）に分けられます。
グレードA：硝子体にごく軽い濁りが見られる、硝子体中に網膜色素上皮細胞が浮遊している状態など。
グレードB：網膜の表面に細かいしわが寄る、網膜の裂孔の縁がめくれ上がるなど、網膜の組織に変化が見られ始める状態。
グレードC：網膜の表面または下に収縮性の膜がはっきりと形成され、網膜を引っ張っている状態。このグレードになると、網膜剥離の再発リスクが著しく高まります。
膜の形成とその影響
PVRの病態の中心は、硝子体や網膜上に形成される細胞性の膜です。
網膜上膜（Epiretinal membrane）：網膜の表面、特に黄斑部の上に形成される膜で、網膜色素上皮細胞、グリア細胞、マクロファージ、線維芽細胞など、様々な種類の細胞で構成されています。
* 網膜下膜（Subretinal membrane）：網膜色素上皮層と光受容体層の間に形成される膜で、主に網膜色素上皮細胞からなります。
網膜下膜には二つのタイプがあります。一つは収縮力がほとんどなく薄いタイプで、網膜の再接着手術を妨げにくいものです。もう一つは非常に厚く、強い収縮力で網膜を強く引っ張るタイプで、この膜が存在すると網膜の再接着が困難になるため、手術中にこの膜を取り除く必要があります。
治療と今後の展望
PVRの治療は主に手術によって行われ、膜を取り除いたり、硝子体を除去したりしますが、再発率が高く、視力予後が不良であることが課題です。現在、細胞の増殖や膜形成、炎症を抑えるための補助的な薬物療法に関する研究が進められていますが、臨床使用が広く認められている薬剤はまだありません。
この疾患は、網膜剥離からの視力回復を妨げる大きな障壁であり、その病態メカニズムの更なる解明と、効果的な予防法や治療薬の開発が強く望まれています。
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