墨野隴人

墨野隴人：高木彬光作品を彩る謎多き名探偵

高木彬光氏の推理小説シリーズに登場する名探偵、墨野隴人。その名は、バロネス・オルツィの作品にインスピレーションを得たものと言われています。40～50歳代の男性で、スミノ・ロージングという正規の名称を持ちます。日本人の父と北欧人の母を持つハーフであり、複雑な生い立ちが彼のキャラクターに深みを与えています。名前の漢字表記は、三国時代の司馬懿にまつわる故事「隴を得て蜀を求む」から取られており、人名用漢字の規制が緩かった時代に生まれた証左となっています。

彼は企業分析家としての顔も持ち、秘密主義者として知られています。その高い分析力と推理力は、数々の難事件解決に貢献します。趣味はピアノと推理小説の読書。コンピュータの知識は独学で習得したという逸話も、彼の並外れた知性の一端を垣間見せています。

物語の語り手である村田和子との出会いは、新宿の喫茶店で、彼がベートーヴェンの『皇帝』を演奏したことがきっかけでした。その卓越した演奏技術もまた、彼の多様な才能を示しています。

彼の住まいは大田区雪ヶ谷の新雪マンション。かつては妻と娘と共に暮らしていましたが、交通事故で最愛の家族を失った過去を持ち、その経験が彼の内面や人生観に大きな影響を与えていることは容易に想像できます。この悲劇的な出来事が彼の探偵としての活動、そして人間像にどのような影を落としているのかは、シリーズを通して読み解くことができます。

墨野隴人は、日本国内では警視庁とのコネクションがないため、公式な事件には関与していませんでした。しかし、村田和子を通じて持ち込まれた様々な事件を解決することで、彼の存在感は次第に大きくなっていきます。特にドイツ・ハンブルクで未解決だった3つの殺人事件をわずか20日間で解決したというエピソードは、彼の類まれな推理力と洞察力を雄弁に物語っています。

シリーズ第1作『黄金の鍵』から始まり、『一、二、三、死』『大東京四谷怪談』『現代夜討曽我』『仮面よ、さらば』と続く5つの長編小説を通して、墨野隴人の活躍が描かれます。彼の半生や謎めいた過去は、最終作『仮面よ、さらば』で明かされます。なぜ彼が探偵として暗躍せざるを得なかったのか、その理由が明かされる瞬間は、読者にとって大きな感動と衝撃をもたらすことでしょう。

高木彬光氏は、1970年にシリーズ第1作を執筆。当時、推理小説というジャンルにおけるリアリズムと、古典的な探偵小説のロマンを両立させることに挑戦したと語っています。これは「古い皮袋に新しい酒を盛る」という表現で説明されており、従来の推理小説の枠にとらわれない、独自のスタイルを確立しようとした氏の意図が見て取れます。

『大東京四谷怪談』は当初中篇として企画されましたが、最終的には長編として発表されました。その執筆期間の短さ、わずか40日というスピードもまた驚きです。高木彬光氏の類まれな才能と創作力の高さを物語っています。

作者の病気によりシリーズは一時中断されますが、11年後、『現代夜討曽我』と『仮面よ、さらば』の発表を経て、シリーズは完結しました。エラリー・クイーンやアガサ・クリスティの作品を意識していたという高木氏の言葉からも、墨野隴人シリーズが、古典的な探偵小説へのオマージュと、現代的な感性を融合させた意欲作であることがわかります。

三橋達也氏によって演じられたテレビドラマ版『大東京四谷怪談』も、多くの視聴者に強い印象を残しました。

墨野隴人は、高木彬光氏による、忘れがたい魅力的なキャラクターです。彼の謎めいた過去、そして類まれな推理力、そして彼の物語は、今もなお多くの推理小説ファンを魅了し続けています。

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