バロネス・オルツィ

バロネス・オルツィ：歴史ロマンスと安楽椅子探偵小説の女王

バロネス・オルツィ（1865年～1947年）は、ハンガリーの由緒ある貴族の家に生まれた女性小説家です。本名はエマースカ・マグダレナ・ロザリア・マリア・ホセファ・バルバラ・オルツィ・バーストウと長く、その出自はハンガリー王アールパードの時代まで遡ると言われています。作曲家兼指揮者であった父と、ウォス伯爵家出身の母のもと、一人娘として誕生しました。幼少期は、ワーグナーやリストといった著名な音楽家たちと交流する環境で育ちました。しかし、2歳の時に起きた小作人の反乱をきっかけに、一家はブダペストに移住することになります。

その後、ブリュッセルやパリで教育を受けたオルツィは、1881年にロンドンのヘザリー美術学校に入学しました。そこで、イングランド国教会の牧師の息子であるモンタギュー・バーストウと出会い、1894年に結婚します。結婚後、2人の間には息子が誕生しますが、経済的な苦労も経験しました。夫と共に挿絵入りの児童書を翻訳するなどして生計を立て、王立芸術院展への出品を通して挿絵画家としても認められるようになりました。

1890年代末には、『皇帝の金燭台』といった歴史ロマンス作品を執筆開始しますが、商業的な成功には至りませんでした。そこで、オルツィは短編小説を大衆雑誌に発表するようになります。この時期、シャーロック・ホームズの爆発的な人気に刺激を受け、1901年には『ロイヤル・マガジン』誌に、奇妙な老探偵「隅の老人」が登場するミステリ短編を発表し始めます。この「隅の老人」シリーズは、後に安楽椅子探偵小説の先駆けとして高く評価されることになるでしょう。

歴史ロマンスへの情熱を捨てていなかったオルツィは、1902年にフランス革命を題材とした『紅はこべ』を完成させました。しかし、当初は出版されず、1903年に夫と共作で舞台劇として上演されました。1905年、ロンドンのニュー・シアターでの公演は大成功を収め、4年間ものロングラン公演となりました。この成功によって、多くの出版社から出版の依頼が殺到し、小説版『紅はこべ』が1905年に出版されました。この作品は、その後も続編が書かれ続け、10作以上に及ぶシリーズとなり、オルツィの名を不朽のものとしました。

『紅はこべ』の大ヒット後も、オルツィはミステリ短編の執筆を続けました。「隅の老人」シリーズに加え、ロンドン警視庁の女性警官レディ・モリーを主人公としたシリーズや、弁護士パトリック・マリガンが登場するシリーズなどを発表しています。推理作家の親睦組織であるディテクションクラブにも参加するなど、文壇での交流も盛んに行っていました。

第二次世界大戦中はモンテカルロに移住していましたが、1943年に夫を亡くし、別荘もイギリス空軍の空襲によって破壊されたため、イギリスに戻り、ヘンリー＝オン＝テムズで余生を送りました。1947年に亡くなるまで、創作活動を続けました。彼女の息子、ジョン・モンタギュー・オルツィ・パーストウは、スイスで英語教師として働きながら、『紅はこべ』の登場人物名をもじったペンネーム「ジョン・グレイニー」で小説を執筆していたことも知られています。

オルツィの功績は、数々の歴史ロマンス小説の執筆と、安楽椅子探偵小説への貢献に集約されます。『紅はこべ』は現在まで読み継がれ、何度も映画化されています。「隅の老人」は、安楽椅子探偵というスタイルを確立しただけでなく、女性探偵を登場させた初期の作家としても、オルツィは高く評価されています。彼女が残した作品群は、時代を超えて多くの人々を魅了し続けています。

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