壁 (小説)

壁

『壁』（かべ）は、日本の作家安部公房による中編・短編集で、彼の代表作である「S・カルマ氏の犯罪」を含む全6編から成るオムニバス作品集です。1951年に月曜書房から刊行され、安部公房の文壇での立ち位置を確立させる重要な作品となりました。この本には「バベルの塔の狸」「赤い繭」などが収められています。

作品の構成とテーマ

『壁』は大きく三部に分かれており、それぞれ異なるテーマやスタイルを持っています。第一部は「S・カルマ氏の犯罪」で、主人公が自身の存在を失うという夢のような物語が展開されます。第二部は「バベルの塔の狸」で、不条理な状況に特異な生き物が関わる影響を描いており、第三部「赤い繭」では帰る場所のない孤独な存在が描かれます。

特に「S・カルマ氏の犯罪」は安部が芥川賞を受賞した作品であり、主人公が自分の名前を失うことでアイデンティティが揺らぎ、社会から孤立していく様子が描かれます。安部の独特な文体や叙情性、さらに幻想的な要素が散りばめられており、読者は不安定な現実に引き込まれます。

創作の背景

安部公房は「S・カルマ氏の犯罪」を執筆するにあたり、カフカやルイス・キャロルなどの影響を受けたと語っています。彼は作品を通じて、現代社会における人間の孤独や不条理な状況を反映させることを試みました。安部は28年後にこの作品を振り返り、自由な創作ができた感覚を強調し、自身の文体を決定づける重要な作品と位置づけました。

各部の詳細

第一部：S・カルマ氏の犯罪

物語はある朝、主人公が自分の名前が消えたことから始まります。彼は現実との隔絶を感じ、さまざまな不条理な出来事に直面します。周囲からの理解を失い、次第に自分が壁に変わっていく様は、読者に深い印象を与えます。

第二部：バベルの塔の狸

この部では、貧しい詩人が突如、影を奪われるという奇妙な体験をします。狸たちとの交流を通じて、自らの現実について考えさせられる展開が続きます。影を失ったことで透明人間となった彼の姿は、自己に問いかける要素を含んでいます。

第三部：赤い繭

この部では、帰る家のない主人公が幻想的な体験を通じ、赤い繭という象徴的な形状に変わりゆく様が描かれます。彼のアイデンティティの喪失と、存在の儚さを象徴しています。

評価と影響

『壁―S・カルマ氏の犯罪』は、発表当初から画期的な作品として広く評価され、従来の私小説的な伝統を打破するものとして文学界に大きな影響を与えました。川端康成や他の文学者たちからも高い評価を受け、安部のスタイルの独自性やテーマ性について多くの考察が行われています。

作品はその後、舞台化や映像化され、現在でも文学やアートの分野で多くの人々に影響を与え続けています。作品全体に流れる寓意やアイロニーは、読者に深い思索を促し、エンターテインメントとしてだけでなく、個々の存在を見つめ直すきっかけを提供しています。

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