夏への扉

ロバート・A・ハインラインによって1956年に発表されたSF小説『夏への扉』（原題：The Door into Summer）は、タイムトラベルを軸に、主人公が過去と未来を往来する中で、失われたものを取り戻そうとする物語です。

概要

この小説は、タイムトラベルという古典的なSFテーマを扱いながらも、時間旅行の手段としてタイムマシンと冷凍睡眠という二つの方法を組み合わせている点が特徴的です。物語の主な舞台は1970年と2000年ですが、発表されたのが1956年であるため、当時の読者にとっては未来の出来事として描かれていました。

物語は、主人公ダンのサクセスストーリーとロマンスを、希望に満ちた明るいトーンで描いています。過去への旅行者が過去を変えないように行動するという点も、この作品のユニークな特徴の一つです。また、登場するロボットが必ずしも人型を目指していない点も、当時のロボットに対する一般的なイメージとは異なり、現実のロボット技術の思想を取り入れた先進的な描写と言えるでしょう。

坂村健は、この小説に登場する発明品を評価し、「何を自動化すべきかという指針が示されている」と述べています。さらに、「OAやCADまで予測している」と、その先見の明を称賛し、「アイデアの重要さ、発想の自由さ、そして新しいものを創造する面白さを教えてくれる」と語っています。

しかしながら、この作品は発表から時間が経過しているため、科学技術への過度な信頼や、現代のフェミニズムの観点から見ると問題視されるような女性観など、古臭いと感じられる部分も存在します。特に、主人公が核兵器の使用を軽く考えている点は、現代の読者からすると受け入れがたいかもしれません。

日本のSFファンによるオールタイム・ベスト企画では、海外長編SFランキングの上位に常に選ばれており、S-Fマガジンによるランキングでは、1989年と1998年に1位を獲得、2006年には3位、2014年には9位となっています。また、1998年のランキングでは年代別の順位も発表されており、20代の読者からの支持が特に高いことが伺えます。

誕生の経緯

著者であるハインラインは、この小説の誕生について、次のようなエピソードを語っています。ある雪の日、飼い猫が外に出たがっていたためドアを開けてあげたところ、猫は外に出ようとせず鳴き続けたそうです。他のドアを開けても同様で、その様子を見ていた妻が「猫は夏への扉を探しているのね」と言ったそうです。この言葉がきっかけとなり、ハインラインは13日間でこの小説を書き上げました。

また、ハインラインは来日時のインタビューで、執筆期間は13日間だったと証言しており、構想を含めても短期間で書き上げられたことがわかります。

あらすじ

裏切りと冷凍睡眠

主人公のダンは、親友のマイルズと共に会社を設立し、発明家として活躍していました。ダンの発明した家事用ロボットが人気となり、会社は順調に成長します。しかし、タイピスト兼会計係として雇われたベルと恋人関係になったことで、ダンの人生は大きく変わります。

ダンはベルとの結婚を考え、婚約指輪の代わりに会社の株を譲渡しますが、これが裏切りの始まりとなります。マイルズとベルは共謀し、ダンの株を合わせて会社の経営権を奪い、ダンを会社から追い出します。婚約者と親友に裏切られ、全てを失ったダンは、「夏への扉」を探し求め、30年間の冷凍睡眠に入ることを決意します。

未来への目覚め

30年後、2000年に目覚めたダンは、自分が契約していた保険会社が倒産し、全ての財産を失ったことを知ります。過去の出来事を忘れられないダンは、冷凍睡眠中に失われた知識を取り戻しながら、リッキィの行方を捜索します。そして、タイムマシンに関する情報を入手し、過去に戻って真実を突き止めようと決意します。

過去への帰還

過去に戻ったダンは、サットン夫妻の助けを借りて、製図機と万能ロボットの開発に没頭し、完成させます。そして、1970年12月3日、再び裏切りに遭う直前の自分自身を救い出します。過去の自分から発明品と図面を回収し、ピートを連れて、リッキィのいるキャンプ地に向かいます。ダンはリッキィに、冷凍睡眠に入ることを伝え、21歳になっても自分に会いたいと思うなら、冷凍睡眠をすればいいと告げます。

新たな未来

2001年、ダンは再び冷凍睡眠から目覚め、リッキィとの再会を果たします。二人は結婚し、ダンは新たな会社を設立します。ダンは、過去の出来事を乗り越え、ようやく「夏への扉」を見つけることができたと感じるのでした。

登場人物

ダニエル・ブーン・デイヴィス（ダン）：主人公の発明家。
ピート：ダンの愛猫。物語の重要な要素として登場。
マイルズ・ジェントリイ：ダンの親友で共同経営者。
ベリンダ・ダーキン（ベル): ダンの会社のタイピスト兼会計係で、後にダンを裏切る。
フレドリカ・ヴァージニア・ジェントリイ（リッキィ）：マイルズの義理の娘で、ダンと親しい少女。
チャック・フロイデンバーグ：2000年の世界でダンの友人となる技師。
ヒューバート・トウィッチェル：タイムマシンを発明した物理学者。
サットン夫妻：過去に戻ったダンを助ける善良な夫婦。

書誌情報

初出：『ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション』誌 1956年10月号 - 12月号掲載
ハードカバー版刊行：1957年
日本語訳：多数の訳が存在し、福島正実訳と小尾芙佐訳が代表的。

その他

楽曲：難波弘之の楽曲『夏への扉』が、この小説をモチーフとしている。
ラジオドラマ：NHK-FM『青春アドベンチャー』にてラジオドラマ化。
舞台：演劇集団キャラメルボックスにより舞台化。
映画：2021年に『夏への扉 -キミのいる未来へ-』として実写映画化。

関連項目

ドラえもん：本作が『ドラえもん』の誕生に影響したという逸話がある。

『夏への扉』は、SF小説の古典として、その魅力は時代を超えて多くの読者に愛され続けています。タイムトラベル、ロボット、人間関係といったSFの要素を巧みに織り交ぜ、読者に希望と感動を与える名作です。

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