夕鶴

木下順二の傑作戯曲『夕鶴』

『夕鶴』は、劇作家・木下順二によって創作された戯曲で、日本の民話「鶴女房」を題材としています。初演は1949年、劇団『ぶどうの会』によって行われ、以降、長きにわたり多くの観客を魅了してきました。

物語のあらすじ

物語は、貧しい農夫・与ひょうが、罠にかかって苦しんでいた一羽の鶴を助ける場面から始まります。その恩返しとして、美しい女性・つうが与ひょうの前に現れ、「女房にしてほしい」と告げます。二人は夫婦となり、つつましい生活を始めます。

ある日、つうは与ひょうに「織物をしている間は絶対に部屋を覗かないでほしい」と約束を交わします。彼女が織り上げた美しい布は「鶴の千羽織」と呼ばれ、それを売ったお金で二人の生活は豊かになっていきます。しかし、その噂を聞きつけた欲深い惣どが、運ずと組んで与ひょうをそそのかし、つうに次々と織物を織らせようとします。

やがて、与ひょうは約束を破り、つうが織物をしている姿を覗き見てしまいます。そこで見たのは、自分の羽を抜きながら織物を織る鶴の姿、つまり、つうは与ひょうが助けた鶴の化身だったのです。正体を見られたつうは、悲しみを胸に、傷ついた姿で空へと飛び去っていくのでした。

作品の背景とテーマ

本作は、新潟県佐渡に伝わる民話「鶴女房」を基にしていますが、物語は単なる恩返し劇ではありません。木下順二は、この物語を通じて、人間の欲望や金銭への執着を鋭く描き出しました。つうの献身的な愛と、それを利用する人間のエゴイズムを対比させることで、経済至上主義への批判を暗に示しています。また、貧しいながらも純粋な心を持っていた与ひょうが、次第に欲に染まっていく過程も、人間の心の弱さを象徴的に表しています。

制作・上演史

木下順二が本作を執筆したのは1948年。彼は、この作品を女優・山[[本安英]]のために書き下ろしました。山[[本安英]]は、初演からつう役を演じ続け、その繊細かつ力強い演技は、多くの観客を感動させました。

初演は1949年10月27日、奈良県丹波市町（現在の天理市）にある天理教施設で行われました。その後、劇団『ぶどうの会』を中心に、数多くの公演が重ねられました。特に、山[[本安英]]が主演を務めた公演は、1986年までに1037回を数え、その人気の高さを物語っています。

1960年には、山[[本安英]]が「第一次訪中日本新劇団」の副団長として中国を訪問した際、北京、武漢、上海、広州で上演されました。1964年、山本が『ぶどうの会』を解散し、翌年『山[[本安英]]の会』を発足させると、1966年に『夕鶴』の上演を再開します。1971年からは、作者の木下順二が演出を担当し、与ひょう役も茂山千之丞に交代しました。1984年には、通算1000回公演を達成し、1986年の「一千回達成記念公演」をもって、『山[[本安英]]の会』としての『夕鶴』の上演は幕を閉じました。木下は、アマチュア劇団には上演を許可しましたが、プロの劇団には許可しませんでした。

山[[本安英]]の死後、1997年には坂東玉三郎がつう役、渡辺徹が与ひょう役で上演されました。

後世への影響

『夕鶴』は、その普遍的なテーマと美しい物語によって、演劇界に大きな影響を与えました。音楽を担当した團伊玖磨によるオペラ化や、スウェーデンでのオペラ化など、様々な派生作品も生まれています。また、漫画『ガラスの仮面』に登場する架空の戯曲『紅天女』のモデルになったとも言われています。

佐渡市には、木下順二の筆による「『夕鶴』のふるさと」と刻まれた文学碑が建てられており、現在も多くの人々に愛される作品です。

登場人物

与ひょう：純朴な農夫。鶴を助けたことで、つうと出会う。
つう：与ひょうが助けた鶴の化身。美しい織物を織る。
運ず：つうの織物を売りさばく。
惣ど：欲深く、与ひょうをそそのかす。
* 子供たち：物語に登場する村の子供たち。


『夕鶴』は、人間の欲望と愛、そして人間の心の葛藤を深く描いた名作として、今後も多くの人々に語り継がれていくことでしょう。

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