多布施川

多布施川：佐賀市を潤す歴史と自然の恵み

多布施川（たふせがわ）は、佐賀県佐賀市を流れる全長9.5kmの河川です。嘉瀬川から分岐し、佐賀市中心部を貫流するこの川は、単なる水路ではなく、佐賀の歴史と人々の生活に深く根ざした存在です。

多布施川の源流と役割

多布施川は、江戸時代初期に成富兵庫茂安によって築かれた石井樋（いしいび）から嘉瀬川の分流として生まれました。石井樋は、佐賀城の濠への導水、城下町の飲料水確保、近郊水田地帯への灌漑、そして水害防止という、多岐にわたる役割を担っていました。かつては川上と佐賀城下を結ぶ水運路としても利用され、人や物資の輸送に貢献しました。

石井樋築造以前の多布施川

多布施川は完全な人工河川ではなく、石井樋の築造以前から存在した川を改修したものと考えられています。鎌倉時代の文献にもその名が見られ、古くから灌漑や舟運に利用されていました。しかし、洪水による井堰の損壊などにより、用水の確保は困難な状況でした。

石井樋の築造と河道整備

石井樋の築造工事は、佐賀城の建設と城下町の区画整理の後、元和年間から寛永年間にかけての12年間に行われました。工事には農民が動員されましたが、農繁期を避けるなどの配慮がなされました。

石井樋は、取水、土砂沈殿、渇水対策、洪水対策といった多岐にわたる機能を持ち、当時の最先端技術が駆使されました。その構造は、南部長恒がまとめた水利誌『疎導要書』や、平成の復元工事の際の調査によって詳細が明らかになっています。

石井樋の仕組み

嘉瀬川から流れてきた水は、まず広くなった河道や荒籠によって流れが緩められ、土砂が沈殿します。次に、象の鼻と呼ばれる構造物によって川幅が狭められ、大井手堰によって一部堰き止められます。堰き止められた水は、バイパスのような水路をゆっくりと蛇行しながら流れ、さらに土砂を沈殿させた後、石井樋の樋門をくぐって多布施川へと流れ込みます。余水は二の井手堰から農業用水路へと分水され、最終的に嘉瀬川本流へと戻ります。

石井樋を構成する要素

荒籠：水流を弱め、土砂を沈殿させる石積みの水制
大井手堰：川を横断する堰の本体
象の鼻：川岸から中央に向かって突き出る石積みの水制
天狗の鼻：象の鼻の下流に位置する石積みの水制
石井樋（本体）：多布施川に水を送るための石造の樋門
二の井手堰：農業用水路に水を送るための樋門
中の島：本流と水路に挟まれた中洲
堤防の野越し・尼寺林：洪水を放流させるための堤防の低い部分と、洪水の勢いを弱めるための竹林

水利用と風景の変化

江戸時代、多布施川の水は佐賀城内と城下町の生活用水として最優先されました。明治時代に入ると水利組合が管理するようになり、その後は郡や町村の協議に委ねられました。しかし、下流になるほど取水条件が厳しく、水争いも発生したため、多くの樋門に番人が配置されました。

川の清掃も重要視され、毎年春には川干と呼ばれる川浚えが行われていました。川から引く水路の管理も厳しく制限され、水質悪化を防ぐための条例も制定されました。

1917年（大正6年）に地下水を水源とする上水道が開設されると、多布施川の飲料水としての役割は縮小していきました。

戦前までの景観

かつて多布施川は水運に利用され、川上から佐賀城下まで川舟が行き交っていました。川岸には松の大木が生い茂り、美しい景観を作り出していました。神野公園は、鍋島直正が別荘として建てた御茶屋の跡地で、川から引いた水が庭園に利用されていました。昭和初期までは、屋形船が運行し、川魚釣りやホタル鑑賞も楽しめました。

近現代：水道水源と河畔公園

昭和30年頃から松くい虫が蔓延し、多くの松が枯死してしまいました。1960年（昭和35年）に川上頭首工が完成すると、石井樋に代わってこちらが取水口となり、多布施川に水が導かれるようになりました。取水先の変更により川の環境は大きく変化し、葦や藻が繁茂するようになりました。

佐賀市の水道事業では、地下水の水不足が深刻化したため、1954年（昭和29年）に多布施川からの取水を再開しました。その後、取水権を拡大し、地下水源を廃止して全量を多布施川の河川水源としました。

昭和47年度（1972年）から護岸工事や河畔公園の整備が行われ、市民の憩いの場となっています。上流部には桜が植えられ、さが桜マラソンのコースにもなっています。また、夏期には水遊び場が開設され、子供達に親しまれています。

石井樋の復元

長年機能していなかった石井樋は、その歴史的価値が見直され、1993年（平成5年）から発掘調査が行われました。その結果をもとに石積みが復元され、2005年（平成17年）に再び多布施川の取水口として使用されるようになりました。

2006年には「大井手堰（石井樋～多布施川）」として疏水百選に選定されています。

水源と派川・水路

多布施川は、石井樋で嘉瀬川から分派した後、大井手幹線水路からも灌漑用水の供給を受けています。また、佐賀市内の川の水質を改善するための浄化用水として、城原川や筑後川からの補給も受けています。

多布施川からは、多くの中小の川や水路が分派しており、佐賀市街の多くの水路（堀）の水源となっています。

周辺施設・イベント

栴檀橋：神野公園の南東にある石桁橋。土木学会選奨土木遺産に認定されています。
神野公園：多布施川から引く水を利用した庭園と遊園地を有する公園。
多布施反射炉跡：幕末佐賀藩の大砲鋳造所の跡地。川沿いに記念碑があります。
石井樋公園：石井樋付近にある河畔公園。資料館「さが水ものがたり館」があります。
* さが桜マラソン：多布施川河畔がコースの一部となっています。

多布施川は、佐賀の歴史と文化、そして人々の生活を支える貴重な財産です。この川の恵みに感謝し、未来へと繋いでいくことが私たちの使命です。

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