多田信作

多田 信作

日本の美術教育界を牽引し、晩年には遊びや玩具の研究家としても大きな足跡を残したのが多田信作（1932年 - 1996年）です。東京都に生まれた多田は、生涯を通じて子どもの健やかな育ちと創造性の育成に情熱を注ぎました。

芸術教育への貢献

多田信作の活動の原点は芸術教育にありました。1957年には自ら芸術教育研究所を設立し、その所長として長年にわたり研究と実践の場を主導します。特に、1965年に始まった「夏の芸術教育学校」は、全国から保育士や幼稚園教諭をはじめとする多くの教育関係者が集まる場となりました。この学校は多田の没後も継続され、2018年時点では延べ200万人を超える受講者数を記録するなど、日本の幼児教育・保育現場に計り知れない影響を与えています。多田は芸術教育を通じて、子どもたちの豊かな感性や表現力を育むことの重要性を広く訴え続けました。

遊びと玩具へのまなざし

多田は芸術教育の研究を深める傍ら、次第に子どもの「遊び」そのものや、遊びを支える「玩具」への関心を強めていきます。その活動は晩年にかけて本格化し、日本の玩具研究家、児童遊戯研究家としても知られるようになりました。1984年には、子どものための質の高いおもちゃを展示し、遊びを体験できる場として、東京おもちゃ美術館を設立し、初代館長に就任します。これは、おもちゃの教育的な価値を広く啓発するための重要な拠点となりました。

さらに、多田は1996年、日本で初めてのおもちゃ専門資格である「おもちゃコンサルタント」制度をスタートさせました。これは、子どもにとってより良いおもちゃを選ぶための専門知識を持ち、遊びを通じた子育て支援ができる人材を育成することを目的としていました。この資格制度は着実に広がりを見せ、現在では6000人以上の有資格者が全国で活躍しており、日本の玩具文化の質の向上に大きく貢献しています。多田のこうした活動は、単なる美術教育に留まらず、遊びや玩具といった子どもの日常環境全体を教育的な視点で見直すことの重要性を示しました。

後世への継承

多田信作が蒔いた種は、没後も多くの人々に受け継がれています。特に「夏の芸術教育学校」や「おもちゃコンサルタント」資格は、多田の教育理念や遊びへの深い洞察が結晶化したものであり、現代の子育てや教育現場においてもその価値は失われていません。また、多田の活動は、子の多田千尋氏にも引き継がれており、NPO法人「日本グッド・トイ委員会」理事長として、多田信作が目指した「遊び」と「おもちゃ」の環境づくりに取り組んでいます。

多田信作は、教育と遊びという二つの側面から、子どもたちの可能性を広げるための実践的な方法論を探求し続けた研究者でした。彼の遺した施設、教育プログラム、そして著作は、今なお多くの子どもたちや子育てに関わる人々に光を与え続けています。

主な著作

多田信作の著書や共編著は多岐にわたり、芸術教育、子どもの遊び、手作りおもちゃなど、その研究領域の広さを示しています。

著書

『幼年教育講座 7 絵の教育』 編集:芸術教育研究所、黎明書房、1971年
『0歳児のための手づくりおもちゃ』 芸術教育研究社編、鳩の森書房 鳩の森文庫、1973年
『なにしてあそぼう』 芸術教育研究所編、鳩の森書房 鳩の森文庫、1975年
『乳幼児のための芸術教育』 芸術教育研究所編、鳩の森書房 鳩の森文庫、1975年
『子どもの知力をぐんぐんのばす お母さんだからできる幼児教育』 青春出版社、1977年
『伝承あそび入門』 黎明書房 指導者の手帖、1977年
『子どもの知力をのばす教育 3～6歳までの豊かな能力をはぐくむために』 鳩の森書房、1980年
『手づくりおもちゃで孫と遊ぼう』 芸術教育研究所,おもちゃ美術館編、倉坂益子絵、黎明書房、1987年
『おもちゃ工作全書 なつかしいおもちゃ、たのしいおもちゃがいっぱい』 池田書店、1989年
『たのしくたのしく絵を描こう』 黎明書房、1991年
『私のしごとはナンバーワン 地域に根ざした福祉文化の創造者たち』 中央法規出版 福祉文化ライブラリー、1992年
『草花あそび全書 自然とふれあい、あそびの輪をひろげよう』 池田書店、1995年
『からくりおもちゃ工作』 池田書店、1996年
『子どもの喜ぶ伝承あそび入門』 黎明書房 遊びのアイディア、1996年

共編著

『少年少女東京オリンピック全集 3 みんなの力で』 川本信正, 黒崎貞治郎共著、黎明書房、1965年
『少年少女東京オリンピック全集 1 もえる聖火』 川本信正共著、黎明書房、1965年
『新しい幼児のごっこあそび12カ月 ひとりでもグループでもあそべる』 佐久間俊直共著、芸術教育研究所編、黎明書房、1970年
『1-2歳児～5～6歳児のための手づくりおもちゃ』 鈴木美也子共著、芸術教育研究所編、鳩の森書房 鳩の森文庫、1975年 - 77年
『幼児の粘土指導12カ月』 芸術教育研究所著、古田一夫共編、黎明書房 幼児の指導シリーズ、1975年
『えほんワークさんすう 幼稚園から小学校へ』 山内昭道共著、おぼまこと絵、啓林館、1976年
『幼児の版画指導12カ月』 芸術教育研究所編、小熊ミツギ共編、黎明書房 幼児の指導シリーズ、1976年
『「小さな小さな児童館」づくり 誰にでもとりくめる学校外教育』 益田礼子共著、芸術教育研究所編、鳩の森書房 鳩の森文庫、1979年
『グッド・トイで遊ぼう 子どもの発達を考えたよいおもちゃ100選』 おもちゃ美術館・日本グッド・トイ委員会編、芸術教育研究所共著、黎明書房、1988年
『世界の玩具事典』 多田千尋共著、岩崎美術社、1989年

翻訳

カザコーワ著『年少児は描く 2歳から4歳までの描画指導』 大井数雄共訳、芸術教育研究所編、黎明書房、1974年
エ・カーメネヴァ著『美術ジャンル 用語と技法』 造形社、1979年

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