川本信正

川本 信正（かわもと のぶまさ）

1907年9月22日生まれ、1996年6月17日没。日本のスポーツジャーナリスト、新聞記者、およびスポーツ評論家として知られる人物であり、特にオリンピックの略称「五輪」を考案し、普及させた功績で広く認識されています。

経歴と功績

東京府出身。旧制府立一中（現在の東京都立日比谷高等学校）を経て、1931年に東京商科大学（現在の一橋大学）を卒業しました。陸上競技選手の織田幹雄の推薦により読売新聞社に入社し、運動部記者としてスポーツ報道に携わります。

記者時代には、1932年のロサンゼルスオリンピック陸上男子100メートル競走で6位に入賞した吉岡隆徳選手を、金メダリストであるエディ・トーラン選手の愛称「深夜の超特急」にちなんで「暁の超特急」と形容し、広く知られるようになりました。

彼の最も特筆すべき功績は、1936年にオリンピックを「五輪」と略称する表記を考案したことです。当時、1940年夏季オリンピックの東京開催が決定し、新聞記事の見出しなどで頻繁に言及する必要が生じました。川本は、たまたま読んでいた菊池寛の随筆に登場する宮本武蔵の『五輪書』から着想を得て、「五輪」という言葉をオリンピックの略称として使用することを思いつきました。この「五輪」という表記は、1936年7月25日付の読売新聞の見出しで初めて使われました。当初は「五厘」に通じ、安っぽく感じるといった意見もありましたが、漢字2文字の簡潔さが便利であったため、やがて朝日新聞（同年8月15日）や日経新聞（8月20日）など、他の主要新聞も追随して使用するようになり、急速に定着していきました。それ以前は、「オリムピック」という6文字を見出しに収めるために、文字を小さくしたり、記事内で二行に分けたりと、各社が工夫を凝らしていました。

また、1936年のベルリンオリンピックで、棒高跳びの西田修平選手と大江季雄選手が互いをたたえ合った「友情のメダル」の逸話を、新聞記事として紹介したのも川本信正であったと伝えられています。

戦時中から戦後にかけて

1940年には大政翼賛会の宣伝部へ移り、1943年には日本放送協会（NHK）会長の下村宏の要請でNHKへ移籍しました。さらに1945年4月、鈴木貫太郎内閣で下村宏内閣情報局総裁の秘書官を務めることになります。この役職を通じて、彼は日本の降伏を告げる玉音放送の収録に立ち会うという歴史的な瞬間に居合わせました。その直後に発生した宮城事件にも巻き込まれ、一時監禁されるという経験をしています。

第二次世界大戦後は、再びスポーツの世界に戻り、スポーツ評論家として活動。日本オリンピック委員会（JOC）の委員も務めました。1964年の東京オリンピックでは、日本テレビのゲスト解説者として開会式に立ち会っています。

1980年のモスクワオリンピックを巡るボイコット問題では、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を強く非難しつつも、オリンピックはあくまでスポーツの祭典として政治から独立しているべきだという信念から、ボイコットに反対の立場をとりました。彼の息子は、スポーツへの政治介入を強く嫌悪する父の姿勢について、かつて大政翼賛会でスポーツと政治を結びつける文章を書いた過去への自己批判ではないかと推測しています。最終的に日本のボイコットが決定された数日後、川本はJOC委員を辞任しました。

晩年、1996年のアトランタオリンピックでは、全ての国と地域が参加することに期待を寄せていましたが、残念ながら開会式を前に亡くなりました。

著書・受賞

川本信正は、『オリムピック読本』（1936年）、『スポーツの現代史』（1976年）など、スポーツの歴史やオリンピックに関する多数の著書を単著、共著、共編という形で発表しています。

その長年の功績に対し、1974年に藍綬褒章を受章。1991年にはミズノ スポーツライター賞特別賞が贈られています。

関連事項

彼の生涯は、織田幹雄や下村宏といった人物と深く関わっています。また、玉音放送や宮城事件を描いた映画『日本のいちばん長い日』などにも登場する人物です。

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