多田徳雄

多田 徳雄

多田 徳雄（ただ とくお、1889年2月15日 - 1976年10月4日）は、日本のバレーボール競技が黎明期にあった時代において、その普及と発展に最も貢献した中心的人物の一人です。選手、そして優れた指導者として活躍し、後に男子日本代表の初代監督も務めました。広島県安芸郡仁保島村（現在の広島市南区仁保）で生まれています。

経歴と貢献

黎明期の活動と広島での普及

広島師範学校在学中から、多田氏はバレーボールだけでなく、柔道、水泳、陸上競技、野球など多方面でスポーツに親しんでいました。卒業後、広島市内の中島小学校（現在の広島市中区）で教員となり、同僚の教員たちを集めてバレーボールの講習会を開催するなど、普及活動を開始します。

1918年4月、広島の西練兵場で開催された女学生の陸上競技大会において、バレーボールが競技種目として初めて加えられ、試合が行われました。これは日本国内で行われた最初のバレーボール試合であり、女子の公式戦としても最初であると記録されています。

1919年には、マニラで開催された第4回極東選手権競技大会に、水泳・陸上競技の日本代表として参加します（バレーボールは費用面から不参加でした）。この大会で外国人選手のプレーを目の当たりにし、バレーボールへの情熱をさらに深めます。帰国後、中国新聞に『バレーボールとは』と題した連載を執筆し、競技の紹介に努めました。多田氏の活動を中心に、広島では教師から子供たちへとバレーボールの輪が広がり、兵庫県と並ぶ日本のバレーボール普及拠点の一つとなりました。同年、呉市の教員であった水野寅一や池田勇らが、多田氏が講師を務めた講習会に参加したことが、呉におけるバレーボール発祥とされています。この繋がりは、1922年に日本初の実業団チームとされる呉工廠排球チームの誕生、そしてその後の黄金時代へと発展していきます。

1920年には、アントワープオリンピックの一次予選やり投げで日本新記録を樹立しましたが、世界標準記録には及ばず、オリンピック出場は叶いませんでした。

神戸高等商業学校での指導と技術革新

1920年4月、多田氏は神戸高等商業学校（現在の神戸大学）に招かれ、それまで女子のスポーツと見なされることが多かったバレーボールを、男子の競技として本格的に推進します。学生の有志を集めて、日本で最初の純粋なバレーボール部を設立し、監督に就任しました。多田氏の指導の下、神戸高商は国内最強チームへと成長します。

1922年に開始された第1回全日本排球選手権大会（当時は男子のみ）で、神戸高商はバスケットボール選手を含む横浜YMCAを破って優勝を果たします。この大会は、唯一の国際大会であった極東選手権に出場する日本代表チーム選考会を兼ねていました。神戸高商はその後も他チームを圧倒し続け、第6回（1923年）から第9回（1930年）まで、全日本チームとして極東選手権に出場しました（第9回大会は神戸高商を中心とした選抜チーム）。多田氏はこれらのすべての大会で監督を務めています。第6回大会以前の日本代表は他競技からの選手が含まれていましたが、多田氏率いる第6回大会の神戸高商チームが、初めてバレーボール専門の選手で構成されたことから、多田氏は初代バレーボール男子日本代表監督とされています。

当時の日本のバレーボールは、前衛がわずかにジャンプする程度で、攻撃技術は未発達でした。しかし、1923年の第6回極東選手権でフィリピンや中国の選手が見せた、高くジャンプして全身でボールを打ち込む「スマッシング」（現在のスパイク）や、指を使った正確なパスに注目し、これを攻撃の要と認識します。多田氏はこれらの高度な技術を積極的に吸収し、自チームに導入しました。これにより神戸高商は国内では圧倒的な強さを誇り、1920年から1932年まで、呉水雷倶楽部に敗れるまで10年間にわたる黄金時代を築き、全日本選手権では9連覇を含む通算10回の優勝を飾りました。多田氏が作り上げたこの強豪チームは、日本のバレーボール技術発展の源流となり、試合後には相手チームへの指導も行うなど、黎明期の競技レベル向上に大きく貢献しました。

協会の設立と全国的な普及

1925年5月の関東排球協会設立に続き、同年11月、多田氏は神戸高商の教え子らと共に「関西排球協会」を設立しました。会長・代表理事として協会の運営に尽力し、組織的な基盤を築き上げます。関西協会は設立後ただちに第1回関西男子選手権大会を開催し、翌年には女子選手権も開催するなど、活発な活動を展開しました。

1926年からは、全国中等排球選手権大会を神戸高商で主催しました。この大会から多くの優秀な選手が育ち、彼らが後に各地で指導者となることで、全国の中学校バレーボールのレベルが飛躍的に向上しました。坂上光男や長崎重芳など、後の全日本選手もここから多数輩出されています。また、多田氏自身も朝日新聞社主催の運動講習会などで全国を回り、直接指導することでバレーボールの全国的な普及に大きな役割を果たしました。日本女子初の国際試合となった第6回極東選手権に出場した姫路高等女学校も、多田氏の指導を受けていました。こうした多田氏の活動は、当時12人制だったバレーボールの競技スポーツとしての活力を高め、後の9人制バレーボールの開始にも繋がっていきます。

大日本排球協会創設への貢献

1927年、第8回極東選手権の予選会を大日本体育協会（現在の日本スポーツ協会）が実施すると発表されたことを受け、多田氏（関西排球協会代表理事）は、競技を統括する全国組織設立の必要性を痛感します。上京して大日本体育協会の担当者と直接交渉し、全国予選の実施方法や、統括団体設立について協議を進めました。この話し合いを経て、大日本排球協会（現在の日本バレーボール協会）の設立に向けた準備が進められ、1927年7月、正式に創設されました。多田氏は筆頭理事として協会の発足に尽力し、神戸に本部を置きました。同年、大日本体育協会の改組において、バレーボール界からは唯一の理事に就任しています。

多田氏は極東選手権に選手、役員として計6回連続で参加しました。神戸高商では数多くの名選手を育成する傍ら、『女子のバレーボール』など初の技術書も執筆しており、これらの多岐にわたる活動を通じて、日本のバレーボールの礎を築いた人物として大きな功績を残しています。

神戸高商には1955年まで在籍し、その後故郷の広島に戻ります。安田学園に招かれ、長年にわたり体育を教え、安田女子短期大学の教授も務めました。1976年、87歳でその生涯を終えています。

受賞歴

1970年: 文部大臣賞
1971年: 勲五等双光旭日章

主な著作

『ヴァレーボール』（1923年）
『小學校に於ける競技之實際』（1923年）
『排球競技法』（1931年）
『アルス運動大講座』（共著、1926年-1929年）
* 『Yamamoto official volley ball score book』（1926年）

多田徳雄氏は、日本のバレーボールが近代スポーツとして確立される過程において、選手、指導者、組織者、そして理論家として、その全方位的な発展を牽引したパイオニアとして、今なおその功績が称えられています。

もう一度検索