呉工廠排球チーム

呉工廠排球チーム（くれこうしょうはいきゅうチーム）は、昭和初期を中心に、広島県呉市にあった大日本帝国海軍呉海軍工廠を本拠地として活動したバレーボールチームです。資料によって「呉（海軍）工廠バレーボールチーム」「呉工廠排球部」「呉工廠代表チーム」など様々な名称で呼ばれていました。このチームは、戦前の日本のバレーボール界において、学生勢が覇権を握る中にあって唯一タイトルを争った実業団チームとして、その名を歴史に刻んでいます。

チームの起源は、1922年（大正11年）に呉工廠の砲熕部で結成された「壬士倶楽部（じんしくらぶ）」に遡ります。この壬士倶楽部は、日本で最初の男子実業団バレーボールチームとされており、日本の近代バレーボール史の初期において重要な存在でした。その後、工廠内の他の部署でもバレーボールチームが誕生し、中でも「呉水雷クラブ」は全国大会で初めて優勝を飾る活躍を見せました。そして1933年（昭和8年）、これら工廠内の各チームから選抜された選手によって編成されたのが、「全呉工廠選抜」、すなわち最終的な呉工廠排球チームです。チームは第二次世界大戦終戦に伴う海軍工廠の解体とともに廃部となりました。

チームには男女がありましたが、特に全国レベルで顕著な記録を残しているのは男子チームです。昭和初期に黄金期を迎え、戦前を通じて日本のバレーボール界を牽引する強豪の一角を占めました。当時、日本の男子バレーボール界は大学などの学生チームが中心でしたが、呉工廠排球チームは実業団として唯一、その牙城に切り込み、頂点を競い合いました。その強さは終戦まで維持されました。

チーム誕生の背景

海軍における近代スポーツの導入は、まず海軍兵学校で始まりました。これはイギリス海軍をモデルとした軍隊整備の一環として、体力向上や士気向上、人間形成にスポーツが有効と考えられたためです。当初は娯楽や慰安の色合いが強かったスポーツも、第一次世界大戦以降の1920年代になると、世界的に軍人がスポーツに従事する流れを受け、日本海軍でも本格的に奨励されるようになりました。呉鎮守府でも1922年には陸上競技が正規の訓練科目に取り入れられています。

呉工廠は海軍工廠の中で最も早くスポーツを導入した組織の一つで、1889年（明治22年）には職工の体力錬成のために野球クラブが結成されています。工廠内でスポーツが奨励された背景には、当時の社会情勢も影響していました。東洋一と謳われた呉工廠は、劣悪な労働環境から労働争議が頻発しており、海軍は職工たちの不満を解消し、ガス抜きをする目的でスポーツを「娯楽」として活用しました。競技大会を開催したり、福利厚生として体育普及費を支給するなど、様々な手段が講じられました。こうした軍の強力な支援があったからこそ、呉工廠のチームは他チームよりも恵まれた環境で活動でき、太平洋戦争中においても全国大会へ出場することが可能でした。

呉市におけるバレーボールの普及は、まず教員たちの間から始まりました。1919年（大正8年）に開催された講習会を機に、呉市の教員たちの間で広まり、教員団チームが結成されました。その後、呉鎮守府内でもバレーボールは盛んになり、各軍艦ごとにもチームが作られるほどでした。呉工廠内でもバレーボールは人気があり、佐世保や横須賀など他の工廠でも行われていましたが、工場対抗のレクリエーション大会が開かれるなど、呉工廠は特にバレーボール熱が高い場所でした。このような環境の下で、呉工廠内に本格的なバレーボールチームが誕生することになります。

壬士倶楽部から全呉工廠へ

1922年（大正11年）、呉工廠砲熕部の製図工であった河野実一氏が、呉市の教員たちのバレーに感銘を受け、発起人となって12人制バレーボールチーム「壬士倶楽部」を結成しました。これが前述の通り、日本男子実業団チームの嚆矢となります。その後、チームは1925年頃には当時の主流となりつつあった9人制バレーへと移行しました。壬士倶楽部は呉教員チームとの対戦を通じて実力を高め、これに触発されて工廠内の他の部署でも次々とバレーチームが誕生しました。これらのチームは互いに切磋琢磨し、実力を向上させていきました。

当時の全国レベルの大会である明治神宮競技大会や全日本排球選手権大会の地区予選には、壬士倶楽部をはじめ、呉水雷クラブ、呉むつみクラブ、呉製鋼クラブ、呉砲熕クラブなど、呉工廠内の様々な部署のチームが出場しました。これらのチームは、日本の近代バレーボールに深く関与した広島二中（現広島観音高校）をはじめとする広島市の強豪チームとしばしば中国地区代表の座を争いました。

全国大会における初期の大きな目標でありライバルは、日本初のバレーボール専門チームとされる神戸高等商業学校（のち神戸商大）でした。神戸高商は黎明期の全国大会で連覇を重ねており、当初は呉工廠のチームにとって手の届かない存在でした。しかし、呉工廠内のチームが連携して強化に励んだ結果、呉水雷クラブが神戸高商の連覇を阻止し、初の全国優勝を飾ることになります。この頃、1930年（昭和5年）の第9回極東選手権競技大会では、全日本選抜チームが初めて編成され、呉水雷から谷山峻選手が選出されています。

1933年（昭和8年）、前年の全日本選手権で優勝した呉水雷の中心選手であった豊島明男氏の発案により、更なる強豪チームを目指して呉工廠内の主要部署から精鋭選手を選抜した「全呉工廠」、すなわち呉工廠排球チームが結成されました。選手の多くは呉工廠の見習工出身であり、豊島氏が中心となって若手選手を厳しく鍛え上げました。結果、この新体制となったチームは同年の明治神宮大会でいきなり優勝を飾り、以降、ほぼ毎年全国レベルのタイトルを獲得する常勝チームへと成長しました。全呉工廠の結成後も、もともと存在した部署ごとのチームは活動を継続していました。

この時期、神戸商大は主力選手の卒業などによりチーム力が低下しており、代わって日本のバレーボール界の頂点に立ったのが呉工廠でした。学生界では早稲田大学が台頭し、呉工廠は早稲田大学と明治神宮大会、全日本選手権の二大大会で激しい優勝争いを展開するライバル関係となりました。特に1934年（昭和9年）の全日本選手権決勝での両チームの対戦は、フルセットまでもつれ込む大激戦となり、観客を熱狂させた名勝負として語り継がれています。同年の第10回極東選手権競技大会では、谷山峻、土田弘、大橋太郎の3選手が呉工廠から全日本に選出され、この時の全日本チームは13人中7人が広島県出身者という、地域的な繋がりも強い編成でした。

戦時下の活動と終焉

1935年（昭和10年）頃からは、男子だけでなく女子バレーボールにおいても実業団チームの活躍が目立つようになりますが、呉工廠排球チームは男子実業団の筆頭として常に優勝候補に挙げられました。しかし、1937年（昭和12年）から1939年（昭和14年）にかけては、日中戦争の勃発による時局の悪化に伴い、多くの実業団チームと同様に活動を自粛せざるを得なくなりました。チームの選手の中には兵役で戦地へ赴いた者もいました。この時期、全国規模の大会への出場は見送られましたが、呉市内で開催された大会には出場しており、1937年の西日本選手権大会決勝では、呉工廠内のチームである呉砲熕と呉水雷が対戦した記録が残っています。興味深いことに、この活動自粛期間中に呉工廠では戦艦「大和」が建造されていました。

1940年（昭和15年）、活動を再開した呉工廠は再び全国の舞台へ登場し、明治神宮大会決勝で早稲田大学と対戦し準優勝となりました。太平洋戦争が始まった1941年（昭和16年）以降も、大会は規模を縮小しながら継続され、1942年（昭和17年）に国民錬成大会と改称された大会で、呉工廠は3度目の優勝を飾りました。

しかし、1943年（昭和18年）には戦況の更なる悪化により、バレーボールの全国大会は全て中止となりました。1945年（昭和20年）には、終戦間際の呉軍港空襲により呉工廠は甚大な被害を受けます。同年8月の終戦により、呉海軍工廠は解体され、これに伴って呉工廠排球チームもその歴史に幕を閉じました。当時の選手たちの詳細な状況は不明な点が多いのが現状です。

戦後、呉工廠の施設は民間に引き継がれ、現在のIHIへと繋がっていきます。また、一部の元呉工廠の選手たちは、尼崎製鉄呉製鋼所（現神戸製鋼所）でバレーボールを続け、1947年（昭和22年）の全日本選手権で再び優勝という栄光を手にしています。

女子チームも存在しましたが、全国大会への出場記録は確認されていません。当時の広島県内には、明治神宮大会準優勝の土肥高女（現清水ヶ丘高校）や、全日本選手権連覇を果たした広島専売局など、女子バレーの強豪チームが数多く存在しており、全国への道は厳しかったものと思われます。後に石川島播磨重工業呉女子バレーボール部が創設されますが、呉工廠女子チームの後続であるかは定かではありません。

呉工廠排球チームは、日本のバレーボールが近代化し、競技として確立されていく過程において、実業団チームの先駆けとして、そして戦前バレー界の主要な一員として、大きな足跡を残したチームでした。

主な戦績（全国大会決勝進出）

明治神宮大会
第4回 (1928年): 呉水雷クラブ準優勝
第7回 (1933年): 呉工廠 優勝
第8回 (1934年): 呉工廠 優勝
第11回 (1940年): 呉工廠 準優勝
第12回 (1941年): 呉工廠 準優勝
第13回 (1942年): 呉工廠 優勝

全日本選手権
1929年: 呉むつみクラブ準優勝
1931年: 呉水雷クラブ準優勝
1932年: 呉水雷クラブ優勝
1934年: 呉工廠 優勝
1936年: 呉工廠 優勝
1942年: 呉工廠 準優勝
1947年: 尼崎製鉄呉製鋼所優勝（元呉工廠選手を含む）

主な在籍選手

谷山峻（極東選手権全日本代表）
土田弘（極東選手権全日本代表）
大橋太郎（極東選手権全日本代表）
* 永井猛敏

（記録に残る一部のみ）

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