大下宇陀児

大下宇陀児

大下宇陀児（おおした うだる、1896年11月15日 - 1966年8月11日）は、日本の探偵小説作家。本名は木下龍夫。別名義にXYZ。

生涯

1896年、長野県上伊那郡中箕輪村（現在の箕輪町）に生まれる。旧制松本中学、第一高等学校を経て、1921年に九州帝国大学工学部応用化学科を卒業。農商務省臨時窒素研究所に勤務し、同僚であった甲賀三郎の活躍に触発され、探偵小説を書き始める。

1925年、博文館の探偵雑誌『新青年』に『金口の巻煙草』を発表し、デビュー。1927年には長編『闇の中の顔』を発表。

1928年に窒素研究所を辞め、作家業に専念。1929年、『蛭川博士』を「週刊朝日」で発表し、人気作家となる。江戸川乱歩や甲賀三郎と並び称される代表的な探偵小説作家として、サスペンスに富んだ作風で人気を博した。

1930年代には、『情獄』、『義眼』、『情鬼』、『烙印』など、多くの作品を『新青年』に発表。1934年には文士賭博事件で検挙される。第二次世界大戦中は探偵小説への弾圧が強まり、発表の場を失った。

敗戦後、空襲で自宅を焼失し困窮するも、1947年に『柳下家の真理』、『不思議な母』を発表し、文壇に復帰。戦後は犯罪心理を追求する文学的な作風に転換し、NHKの人気ラジオ番組『二十の扉』のレギュラー解答者としても活躍した。

1951年、『石の下の記録』で探偵作家クラブ賞を受賞。1952年から1954年まで、探偵作家クラブ会長を務めた。

1966年8月11日、心筋梗塞により死去。多磨霊園には、盟友であった江戸川乱歩の墓と並んで大下の墓がある。

人物

探偵小説だけでなくSF小説にも関心を示し、『空中国の大犯罪』や『ニッポン遺跡』などの作品も執筆。星新一の文壇デビューを後押ししたことでも知られる。

愛妻家であり、「宇陀児」の筆名は妻・歌の名に由来する。墓碑には「木下龍夫筆名大下宇陀児ならびにその妻歌ここに眠る」と刻まれている。

作風

大下宇陀児は、「変格派」探偵小説家として知られる。海外作品からの影響を公言しつつ、「ロマンチック・リアリズム」を提唱。トリックよりも人間描写を重視し、社会風俗を巧みに取り入れた作品を多く発表した。

戦前の作品では、サスペンスとスリルに満ちたストーリー展開が特徴的であったが、戦後は犯罪者の心理に深く切り込む作風へと変化。文学的な要素を強め、社会派ミステリーとしての評価も高めた。

甲賀三郎との「本格」「変格」論争は有名であり、大下はトリックの独創性よりも、作品全体のリアリティとメッセージ性を重視する立場を貫いた。

代表作

金口の巻煙草（1925年）
闇の中の顔（1927年）
蛭川博士（1929年）
情獄（1930年）
義眼（1934年）
石の下の記録（1948年-1950年）
虚像（1956年）
自殺を売った男（1958年）

大下宇陀児と横溝正史

横溝正史は『新青年』編集者時代に大下宇陀児と親交があった。横溝は、戦後の大下の虚無感と、それに対する横溝自身の励ましについて述べている。また、探偵作家クラブにおける大下の活動についても触れ、その常識的な人柄を偲んでいる。

大下宇陀児と甲賀三郎

大下宇陀児と甲賀三郎は、ともに九州帝国大学出身で、窒素研究所の同僚であった。横溝正史は、この二人が探偵作家としてライバル関係にあったと述べている。甲賀は「本格派」の代表的作家であり、大下は「変格派」の作家として、それぞれ独自の作風を確立した。

評価

大下宇陀児は、戦前・戦後を通じて、日本の探偵小説界に大きな足跡を残した。その作品は、単なる謎解きにとどまらず、人間の心理や社会の矛盾を鋭く描き出し、読者に深い感動を与え続けている。

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