大山千賀子

大山千賀子（おおやま ちかこ）

日本の写真家、映画監督として知られる大山千賀子は、写真、映像、文学、舞台芸術など、幅広い分野で独創的な表現活動を展開するアーティストです。彼女の作品は、人間の生と死、あるいは日常といった普遍的なテーマに深く切り込み、国内外で高い評価を受けています。

生い立ちと初期のキャリア

奈良県吉野郡下市町に生まれた大山氏は、学習院大学文学部哲学科に在籍しましたが、四年次に大学を離れます。二十代でイギリスへ渡り、当初はバレエを学ぶためにコベントガーデンの学校に通っていましたが、日本航空のモデルを務めたことが転機となり、写真の世界へ足を踏み入れます。ロンドンで写真家ハワード・グレイ（Howard Grey）に師事し、基礎を習得。その後、イギリス版『ヴォーグ』やイタリアのファッション誌『アミカ』、『グラツィア』などでファッション写真を担当し、キャリアを築き上げました。

高校時代にはすでにモデルとして活動しており、パナソニックやセイコーなどのCMに起用されています。

日本での活躍と表現の拡張

ロンドンでの経験を経て日本に帰国後、大山氏は広告写真の分野で目覚ましい活躍を見せます。資生堂、トヨタ自動車、コカ・コーラ、日産自動車、ホンダ、三菱電機、コーセー化粧品をはじめとする数多くの大手企業の広告写真を手がけ、その名を広めました。1997年頃まで日本を主な拠点とし、南青山に事務所を設立するなど精力的に活動しました。

幼い頃から映画を愛しており、黒澤明監督の『乱』の助監督募集に応募した経験がありますが、当時は女性の採用例が少なかったため、残念ながら縁はありませんでした。しかし、映画への情熱は彼女の創作活動の根底に流れ続け、後に自身の映画制作へと繋がります。

また、日本の伝統文化への関心も深く、能や仕舞を観世鐵之丞から学びました。この学びは、彼女が作品の中でしばしば試みる、西洋と東洋の文化を融合させる表現の礎となります。1989年には、能とオペラを組み合わせた「能オペラによるジョイントパフォーマンス・葵上」を脚本・演出し、東京で上演しました。この舞台には、狂言師の野村萬斎や声楽家の中丸三千繪が出演しています。

写真や映像だけでなく、文章表現にも挑戦。月刊誌からのフォトエッセイ執筆依頼をきっかけに、小説の創作にも着手します。1990年に初めて手がけた小説「熱情」は、文芸誌『すばる』主催の文学賞で最終候補二作品の一つに選ばれるなど、文学の世界でもその才能を示しました。

芸術大学での学びと映像表現の深化

1996年、芸術の基礎を深く理解するため、東京芸術大学大学院美術研究科に入学します。ここでは生物学者の養老孟司氏のゼミに参加し、彼の著書や思想に触れる中で、人間の身体や死生観といったテーマへの関心を一層深めました。この時期の学びは、その後の作品世界に大きな影響を与えています。

1997年には文化庁芸術家在外研修員として再びロンドンへ渡り、ロンドン大学ゴールドスミス校で現代美術としての映像表現を研究。2008年まで長期にわたりイギリスに滞在し、写真家という枠を超えた映像アーティストとしての表現を模索しました。

このロンドン滞在期に、彼女の代表的な作品シリーズ「残像の中で聞く音」が生まれます。和太鼓奏者の林英哲氏やヴァイオリニストの篠崎正嗣氏らとのコラボレーションも含まれるこのシリーズは、人間の生や死、あるいは日常に潜む深層といった、語られることの少ないテーマに焦点を当てています。作品には、インドのガンジス川での光景や、養老孟司氏の計らいで見学した東京大学の標本室での体験などがインスピレーションとして反映されています。

「残像の中で聞く音」シリーズは、ロンドンのICAギャラリーやファイン・アート・ソサエティ、パリ日本文化会館、東京芸術劇場、東京都写真美術館、京都清水寺など、国内外の主要な会場で発表され、特に東京芸術劇場やパリ日本文化会館での展示・公演は観客から熱狂的な支持を得て、成功を収めました。これらの意欲的なアーティスト活動には、文化庁の助成金が活用されています。

広告写真の分野では、安全地帯の玉置浩二氏や田原俊彦氏など、著名なミュージシャンのCM撮影も多数担当しました。特に田原俊彦氏との仕事では、アートディレクションを含む全面的なディレクションを任され、互いの信頼関係の中で楽しみながら撮影を進めたといいます。ポスター撮影での田原氏の献身的な姿勢に大山氏が感激したエピソードは、両者の良好な関係性を物語っています。

映画監督への歩み

2006年からは、短編映像や短編映画の制作に本格的に取り組み始めます。初期の作品には、熱帯雨林を扱った「Fever」（2003年または2006年制作とされる）、孤独な遊びを描いた「Playing alone」（2007年）などがあります。そして2008年、生と死と性をテーマにした「霊柩車の男（The Moon and the sun, and...）」で短編映画監督としてデビュー。この作品は、カンヌ国際映画祭ショートフィルム部門、サンパウロ国際映画祭、ニューヨーク・インディペンデント映画祭など、国内外の多くの映画祭で上映され、映画監督としての国際的な認知を獲得するに至ります。

2009年には、ネット心中を題材とした「Last ecstasy」を制作。女優の満島ひかりを主演に迎え、この作品もショートショートフィルムフェスティバル＆アジア、札幌国際短編映画祭など、多数の映画祭で上映されました。2011年以降は、国際共同制作の形式で長編映画の企画・制作に注力しており、黒澤明やロバート・アルトマンを敬愛する監督として挙げ、特に群像劇を得意な表現手法としています。

家族、交流、そして受賞

大山氏はユニークな家族背景を持っています。親族のルーツがある天川村には古くから縁があり、先祖は戦国時代の武将、真田信繁（幸村）ゆかりの忍者であったと伝えられています。曾祖父の大山源次郎氏は、日本で初めてマッチの軸木を製造した人物として知られています。祖父は医師であり、父は同志社大学野球部の元キャプテンを務めた実業家で、引退後には老人ホームの運営ボランティアに携わっています。妹は、著名なミュージシャンであるジミー・ページのロンドンの自宅で結婚式を挙げたという特別なエピソードを持ち、姪のHanako Whtewayも写真家として活動しています。

彼女の交流関係も広く、写真家の横須賀功光、畠中鈴子、荒木経惟、作家の下重暁子、作詞家の売野雅勇、狂言師の野村萬斎といった日本の著名人に加え、ジミー・ページ、現代アーティストのギルバート＆ジョージ（Gilbert & George）、アートデザイナーのストーム・ソーガソン（Storm Thorgerson, ヒプノシス）といった海外の著名アーティストとも親交があります。

これまでの功績に対し、朝日広告賞、キリンコンテンポラリーアワード、APA賞、ADC賞、ニューヨーククリオ賞など、多くの賞を受賞しており、写真家、映像作家としての実力が広く認められています。

横浜みなとみらい21実行委員や、ビブレ大賞、JR東日本アワードなどの審査員を務めるなど、社会的な活動にも積極的に関わっています。また、様々なテレビ番組にも出演し、多角的な視点からコメントやレポートを発信しています。

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