大桑斉

大桑齊（おおくわ ひとし）は、1937年（昭和12年）に生まれ、2020年（令和2年）に逝去した日本の仏教史学者である。大谷大学の長年にわたる教授として知られ、退職後は名誉教授の称号を得た。専門は日本近世の宗教思想史で、特に真宗に関する研究に深く取り組んだ。

石川県に生まれた大桑齊氏は、金沢大学法文学部で学問を修めた後、大谷大学大学院文学研究科へと進んだ。博士課程を単位取得退学した後も研究を継続し、1992年には「近世初期民衆思想史研究」と題する論文によって大谷大学から文学博士の学位を取得した。この論文のテーマは、彼が以降生涯にわたって探求することになる日本近世の民衆思想史という学術分野において、基礎的な貢献を果たすものであった。

大谷大学では、まず助教授として教鞭を執り、研究と教育に従事した。1984年には教授へと昇任し、2008年に定年を迎えるまで、多くの学生を指導し、研究者の育成に尽力した。また、大桑氏は学内における要職も歴任し、大学の運営や発展にも貢献した。大谷大学図書館長として学術資料の充実に努め、また大学院文学研究科長として研究体制の整備に携わった。さらに、専門分野の研究者で組織される佛教史学会の会長を務めるなど、学会活動にも積極的に参加し、学術コミュニティの発展に寄与した。

大桑氏の主要な研究領域は、日本の近世における宗教思想史、特に真宗を中心としたものである。彼は、寺檀制度、民衆信仰、王権と仏教の関係など、幅広いテーマを対象とした。その研究手法は、単に仏教教義を追うだけでなく、社会史や思想史の視点を取り入れることで、近世社会における宗教の位置づけや、人々の内面的な世界を深く分析した点に特色がある。

これらの長年の研究成果は、数多くの著作として発表された。初期の重要な著作である『寺檀の思想』では、近世における寺檀制度が社会構造や人々の思想に与えた影響を考察し、この分野の研究に新たな視点をもたらした。また、『日本近世の思想と仏教』や『日本仏教の近世』といった著書では、近世という時代における仏教の思想的な変遷やその特徴を包括的に論じた。

特に真宗、そして蓮如に関する研究も、大桑氏の研究の重要な柱であった。『蓮如上人遺徳記読解』や『戦国期宗教思想史と蓮如』を通じて、蓮如の思想が戦国・近世社会に与えた影響や、民衆への浸透過程を詳細に分析した。晩年まで精力的に執筆活動を続け、『真宗と他者 なぜ人を殺してはいけないのか』、『教如 東本願寺への道』、『民衆仏教思想史論』、『近世の王権と仏教』など、現代的な問いかけや歴史上の人物に光を当てた著作を次々と発表した。これらの著作からは、歴史的背景の中で仏教を位置づけ、その思想が社会や人々にどのような影響を与えたのかを探求する、大桑氏の一貫した研究姿勢がうかがえる。

単著以外にも、共編著や校訂・翻訳にも多数携わった。『近世仏教の諸問題』といった共同研究の成果や、ヘルマン・オームス氏の著作の編訳、そして『大系真宗史料』の分担執筆など、歴史史料の編纂・校訂といった基礎研究にも貢献し、真宗史研究における重要な業績を残した。

大桑齊氏は、日本近世宗教思想史研究の分野において、その深い学識と鋭い洞察力をもって多大な貢献を果たした第一人者である。大谷大学での長年にわたる教育・研究活動、そして学内や学会における貢献は大きく、彼の研究成果は今日の日本仏教史研究においても依然として重要な位置を占めている。

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