大紋

日本の伝統的な男性用装束には様々な種類がありますが、その中でも特に武家社会において重要な礼装として位置づけられていたものの一つに大紋（だいもん）があります。

その起源は鎌倉時代に遡ります。当時、武士の間で広く用いられていた直垂（ひたたれ）という衣装に、次第に大きな文様や家紋を染め抜くことが流行し始めました。この流行が、後の大紋へと発展していく契機となります。

室町時代に入ると、このような大きな文様が施された衣装は、従来の直垂とは明確に区別されるようになり、「大紋」と呼ばれるようになりました。特に室町時代後期には、特定の紋を定められた位置に配置し、生地には麻を用いることで、直垂に次ぐ格式高い礼装としてその地位を確立します。これは、武家社会の発展とともに、服装による身分や格式の表現がより重要視されるようになった時代の流れとも関連しています。

江戸時代に入ると、大紋の地位はさらに明確なものとなりました。江戸幕府によって、五位以上の武家の正式な礼装として定められたのです。当時の慣例として、一般の大名当主は朝廷から五位に叙せられることが多かったため、実質的に大紋は大名の礼服として広く用いられることになりました。

江戸時代の大紋には、それ以前や他の武家装束である直垂や素襖（すおう）とは異なるいくつかの顕著な特徴が見られます。最も特徴的なのは、上下揃いの生地、すなわち直垂や素襖のように上着と袴で生地を変えることなく、同じ種類の生地で仕立てられた点です。また、袴は格式を示すために床を引きずるほど丈が長く仕立てられました。そして、大紋の最大の特徴ともいえるのが紋の数と配置です。背中、両胸、袖の後ろ側、袴の尻の部分などに大きめの家紋が、また袴の前側にも小さめの家紋が配置され、合計10カ所に家紋が染め抜かれていました。これは、直垂や素襖が通常5つ紋（背中、両胸、袖後ろ）であることと比較すると、非常に多くの紋が施されていたことになり、大紋の格式の高さを示しています。

現代において、大紋が日常的な礼装として用いられることはほとんどありません。しかし、その威厳ある姿は、歌舞伎や時代劇といった日本の伝統芸能の舞台衣装として、今なお目にすることができます。例えば、歌舞伎の人気演目である「勧進帳」に登場する富樫泰家や、同じく「忠臣蔵」の有名な一場面である「松の廊下」における浅野長矩は、大紋を着用している姿で描かれることが多くあります。ただし、舞台衣装として製作される場合、より舞台映えするよう、また役柄の解釈によっては、胸紐や菊綴（きくとじ）といった部分が素襖のように革製とされる場合もあり、必ずしも歴史的に忠実な仕様とは限らない点も興味深いところです。

このように、大紋は鎌倉時代の流行から始まり、室町時代を経て江戸時代には武家社会の最高礼装の一つとして確立され、現代においては舞台芸術の中にその姿を残しています。その独特な形式と多くの紋が象徴する格式は、日本の武家文化の一端を今に伝えています。

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