大藤信郎

大藤信郎は、日本の初期アニメーションにおいて独特な足跡を残した作家の一人です。1900年、東京都浅草の蓄音機スタジオを経営する家庭に生まれ、本名を信七郎といいます。生涯を通じて個人で制作を続け、日本の伝統的な素材や技法をアニメーション表現に取り入れたことで知られています。

初期キャリアと千代紙アニメ

18歳で日本のアニメーション創始者の一人である幸内純一のもとで動画制作を学んだ後、1921年（21歳）には自身のスタジオ「自由映画研究所」を設立しました。当初は江戸千代紙を用いた切り絵アニメーションを手掛け、1926年に初の劇場公開作品『馬具田城の盗賊』が好評を得たことから、翌年にはスタジオ名を「千代紙映画社」と改称しました。この時期に制作された短篇アニメーションは、劇映画の併映として劇場で公開され、『鯨』（1927年）や『珍説吉田御殿』（1928年）などは、早くもソ連やフランスといった海外でも上映されるなど、初期からその才能は国際的な関心を集めていました。

技法の変遷と戦中

しかし、1930年代に入りアメリカからトーキーのセルアニメーションが大量に輸入されるようになると、国内での千代紙アニメの劇場公開の道は狭まりました。これを受けて、大藤もセルアニメ制作に一時的に携わり、アニメーション作家の政岡憲三と共同で作品を制作した時期もありました。また、この頃から第二次世界大戦終結までの期間は、文部省や海軍省といった官庁からの委託作品を主に手掛け、並行して影絵映画の技法への関心を深めていきました。

戦後の革新と国際評価

戦後、大藤は宗教団体の支援を得て日本の神話や仏教を題材とした作品を制作する傍ら、独自の「色セロファン影絵」という技法を完成させました。この革新的な技法を用いた自主制作作品として、『くじら』（1952年完成）や『幽霊船』などを世に送り出しました。これらの作品は、当時の国内では商業的な成功を得ることは難しかったものの、海外の映画祭で極めて高い評価を獲得し、日本の初期アニメーションが世界に認知されるきっかけとなりました。特に『くじら』は、1953年のカンヌ国際映画祭短篇部門に出品され、会場で作品を鑑賞した画家パブロ・ピカソから絶賛された逸話は有名です。また、『幽霊船』も1956年のヴェネツィア国際記録映画祭で特別奨励賞を受賞するなど、その独創性は国際的に認められました。

姉の支えと遺産

大藤の制作活動は、幼くして母を亡くした後、母代わりとして彼を支え続けた長姉・八重の存在抜きには語れません。八重は私生活だけでなく、スタジオの機材購入や、姪の芳枝とともに助手として制作を手伝うなど、公私にわたる献身的なサポートを行いました。大藤は生涯弟子を持たなかったため、姉と姪の協力は特に貴重でした。1961年7月28日、脳軟化症により61歳で急逝。長編アニメーションとして構想していた『ガリバー旅行記』や『竹取物語』は未完に終わりました。

大藤の没後、その生涯の業績を称えるため、姉・八重が自身の全財産を毎日新聞社に寄託しました。この基金を元に、1962年より毎日映画コンクールの中に「大藤信郎賞」が設けられ、現在まで日本の優れたアニメーション作品の顕彰に貢献しています。また、大藤の遺品も八重の手によって東京国立近代美術館フィルムセンターに寄贈され、日本の初期アニメーション研究において貴重な資料となっています。大藤信郎と姉・八重の墓所は、神奈川県小田原市の蓮台寺にあります。

主な受賞歴

1946年：ウルグアイ映画祭入賞（『蜘蛛の糸』）
1953年：カンヌ国際映画祭短編部門2位（『くじら』）
1956年：ヴェネツィア国際記録映画祭特別奨励賞（『幽霊船』）
1959年：文化庁文化功労者
* 1961年：第16回毎日映画コンクール特別賞

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