大豆谷八幡宮

富山県南砺市の山間部、かつて利賀村であった大豆谷の地に静かに鎮座する古社が、大豆谷八幡宮（おおまめだにはちまんぐう）です。五箇山地域の中でも長い歴史を持つとされるこの集落には、古い遺跡や伝承が数多く残されており、大豆谷八幡宮とその所蔵品は、地域の歴史と信仰の深さを今に伝えています。特に、県の文化財に指定されている僧形八幡神像と、市の文化財である小神像・随身像・狛犬は、その歴史的価値の高さから注目されています。

歴史と集落の背景

大豆谷地域には、古くから人が居住し信仰があったことを示す様々な痕跡が見られます。大豆谷遺跡や大豆谷比丘尼屋敷跡、そして「経塚」といった場所の存在は、この地が古くから開かれ、宗教的な営みが行われていたことを示唆しています。

大豆谷八幡宮に所蔵されている僧形八幡神像には、「永和四年（1378年）」という年号が刻まれています。この銘は、南北朝時代には既に大豆谷に集落が形成され、信仰が根付いていたことを明確に示しています。また、「永和」が北朝の年号であることから、当時のこの地域が北朝側の勢力圏にあった可能性がうかがえます。

地元の言い伝えによると、大豆谷では元々、それぞれの家が「おもての権現」「うらの権現」といった屋号を冠した独自の神を祀っていたとされます。これらの個別の神体は、時を経て大豆谷八幡宮に合祀されたと考えられています。永和四年銘の僧形八幡神像や、明徳四年（1393年）銘のある小神像が存在することから、少なくとも中世後期には、複数の神々への信仰がこの地で盛んに行われていたことが分かります。

大豆谷の神社に関する記録は古く、正徳二年（1712年）に行われた調査ですでにその存在が記されています。さらに元文四年（1739年）の調査では、「八尾山伏明寺持分」であったとされており、近世においては山伏が神社の管理に関わっていた時代の状況を伝えています。

所蔵文化財の価値

大豆谷八幡宮が所蔵する文化財は、地域史研究の上で非常に重要な意味を持っています。

僧形八幡神像（県指定文化財）

この像は、高さ約39センチメートルのヒノキ材を用いた一木造りで、端正な姿をしています。像の背面には「永和四年（1378年）戌午四月二十四日」という明確な紀年銘があり、これは富山県内で年代が判明している木造神像銘の中では最古級の一つとされています。この貴重な銘を持つことから、昭和四十七年十月五日に県の文化財に指定されました。

像容は、岩座に座し、左足を垂らし、右足を曲げて左膝の上に置く、いわゆる半跏倚像を基本としています。ただし、像の下部にある蓮華座は後から付け加えられたものです。通常、僧形八幡神像は右手に錫杖、左手に念珠を持つことが多いのですが、この像は右手に金剛杖、左手に宝珠を持つという特徴的なスタイルをしています。この持物の違いは、外部から持ち込まれたものではなく、この地域で制作された可能性が高いことを示唆しています。

地元の伝承では、この像はかつて存在した尼寺の本尊であったとされています。実際に、「大豆谷の比丘尼屋敷跡」と伝えられる場所からは、十五世紀頃のものと考えられる二基の五輪塔が見つかっており、伝承の背景にある歴史的状況を物語っています。南北朝時代は五箇山の集落が形成され始めた時期であり、集落の有力者である「村殿」が、自らの権威を示すためにこの像を制作させたのではないか、という説も提唱されています。

小神像・随身像及び狛犬（市指定文化財）

これらの木造彫刻群は、大豆谷における神社信仰がどのように変化してきたかを知る上で貴重な資料であり、平成四年（1992年）八月一日に旧利賀村の文化財に指定され、合併に伴い現在は南砺市の文化財となっています。

小神像七躯
いずれも高さ約20センチ前後のヒノキ材による木造坐像です。それぞれの像には以下のような個性的な特徴が見られます。
袈裟に黒い彩色が残り、顔面は風化しています。
右手に数珠を持っていますが、こちらも顔面は風化が著しいです。
文官の装束をまとっています。
着物に模様が施され、内側の襟には朱色の彩色が見られます。
右肩部分が破損して失われ、頭頂部が平らな形状をしています。
烏帽子のような冠をつけ、仏像のような衣を身につけています。
全体的に摩耗が激しく、顔面が失われています。
これら七躯の小神像のうち、一番目と二番目の像、そして三番目と四番目の像は、それぞれ男女一対をなしているとされています。特に、一番目と二番目の像には「明徳四年（1393年）卯月十日」という墨書銘が見つかっています。この明徳四年という年は、南北朝時代が終結し、統一朝廷が成立した翌年にあたり、神像が造られた当時の社会情勢を反映している可能性が考えられます。

狛犬像一対
この一対の狛犬像は、室町時代に制作された彫刻によく見られる特徴を備えています。制作年代については明確な銘はありませんが、他の神像群よりもやや遅れて奉納されたものと推定されています。

随身像一対
この随身像一対の制作年代は不詳ですが、五箇山地域に現存する木造彫刻の中では、古い時期に属するものの一つとされています。

大豆谷八幡宮とそこに伝えられる文化財は、この山間部の集落が育んできた独特の歴史、そしてそこに暮らした人々の厚い信仰心を静かに物語っています。

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