大阪此花区パチンコ店放火殺人事件

大阪此花区パチンコ店放火殺人事件

2009年（平成21年）7月5日、大阪府大阪市此花区の一角で発生した、パチンコ店への放火殺人事件。この凄惨な火災により、最終的に5名が命を落とし、19名が重軽傷を負うという甚大な被害が生じました。

事件の発生と捜査

事件は、阪神なんば線千鳥橋駅近くの商店街入口付近にある雑居ビル「児島建設ビル」の1階に入居していたパチンコ店「crossニコニコ」で発生しました。通報を受けた消防隊が消火活動にあたりましたが、店舗はほぼ全焼状態となりました。火災の鎮圧後、焼け跡から客や従業員計4名の遺体が発見されました。重症を負った別の1名も約1ヶ月後に亡くなり、犠牲者は合計5名となりました。

店員らの証言から、事件発生直前にガソリンをまいて火をつけ、現場から逃走した不審な男の存在が浮上。大阪府警察は現住建造物等放火、殺人、殺人未遂の各容疑で捜査を開始しました。

事件翌日の7月6日、山口県岩国警察署に男Tが出頭し、自らの犯行であることを自供したため、逮捕に至りました。Tは、消費者金融などからの約200万円に及ぶ借金返済に行き詰まり、人生に絶望したことが犯行の動機であると供述しました。

責任能力と起訴

逮捕後、検察はTの精神鑑定を実施しました。鑑定の結果、Tは統合失調症であると診断されました。しかし、事件後に自宅で着替えて逃走したり、逃走中に宿泊したホテルで事件の報道を見て後悔の念を示すなど、計画性や冷静な行動が見られたことから、大阪地方検察庁は刑事責任能力を有していたと判断。2009年12月3日、Tを殺人罪、殺人未遂罪、および現住建造物等放火罪で起訴しました。

裁判の経過

一審（大阪地裁）

裁判は裁判員裁判として行われました。公判前整理手続きにより、審理の主要な争点はTの刑事責任能力の程度と、日本における死刑制度、特に絞首刑の合憲性の2点に絞られました。

2011年9月6日に大阪地裁（和田真裁判長）で初公判が開かれ、Tは起訴内容を認めました。検察側は精神鑑定医の意見などを踏まえ、Tには犯行時、完全な責任能力があったと主張しました。一方、弁護側は責任能力が限定的であった、あるいはなかったと主張し、さらに絞首刑は憲法で禁止されている残虐な刑罰にあたるとして、死刑制度そのものが違憲であると訴えました。

同年10月17日の論告求刑公判で、検察側は「強い意志に基づいた極めて残虐な犯行であり、極刑は避けられない」として、裁判員裁判としては12例目となる死刑を求刑しました。弁護側は改めて責任能力の欠如と死刑の違憲性を主張し、審理は結審しました。

約2ヶ月間の審理を経て、2011年10月31日、大阪地裁は裁判員裁判で10例目となる死刑判決をTに言い渡しました。判決では、Tには完全な責任能力があったと認め、「死刑に値する重大な犯罪であると十分に認識した上での犯行であり、被告が主体的に判断し行動できたことは明らか」と判断しました。また、絞首刑を含む死刑制度の合憲性についても、「生命を奪って罪を償わせる制度であり、精神的・肉体的苦痛を伴うのはやむを得ない」として、合憲であるとの判断を示しました。ただし、絞首刑が最も適切な執行方法であるかについては議論の余地があるとも付言しました。弁護側はこの判決を不服として控訴しました。

控訴審（大阪高裁）

2013年7月31日、大阪高裁（中谷雄二郎裁判長）は、一審の判断を支持し、弁護側の控訴を棄却する判決を言い渡しました。これにより、Tの刑事責任能力と死刑判決が改めて認められました。弁護側はさらに上告しました。

上告審（最高裁）

最高裁判所第三小法廷（山崎敏充裁判長）にて上告審が開かれました。2016年1月19日の口頭弁論で、弁護側はTに事件当時から妄想があったことを理由に死刑回避を求め、再び絞首刑は違憲であると主張しました。対して検察側は、妄想の影響は軽微であり、極刑はやむを得ないとして上告の棄却を求めました。

同年2月23日、最高裁は弁護側の上告を棄却する判決を宣告しました。判決理由として、「執行方法（絞首刑）を含め、死刑制度が合憲であることは過去の判例から明らかである」と述べ、死刑の違憲性を改めて退けました。また、多くの人が利用する日曜日のパチンコ店を狙った計画的な無差別殺人であり、極めて残酷かつ悪質性が高いこと、遺族の厳罰を望む感情が強いことを指摘し、死刑の適用はやむを得ないとの判断を示しました。これにより、Tの死刑判決が確定しました。

Tは2020年（令和2年）9月27日時点においても、大阪拘置所に収監されている死刑囚（死刑確定者）です。なお、裁判員裁判で死刑判決が確定した者が大阪拘置所に収監されるのは、Tが初めてのことでした。

被害店舗のその後

事件によりほぼ全焼したパチンコ店「crossニコニコ」の運営会社は、本事件発生後の2011年7月、系列の別店舗と共に、パチンコ台を不正に改造して確率操作を行った疑いで大阪府警の家宅捜索を受け、経営者が逮捕されました。この店舗は後に閉店し、跡地にはドラッグストアの「スギ薬局 千鳥橋店」が入居しています。

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