天の川の誕生
『天の川の誕生』は、バロック期フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1636年から1638年にかけて制作した油彩画です。この作品は、天の川の起源にまつわるギリシア神話の英雄ヘラクレスと女神ヘラのエピソードを題材としています。ルーベンスの晩年の代表作の一つであり、スペイン国王フェリペ4世の命により、狩猟館トゥーレ・デ・ラ・パラーダを飾るために制作されました。現在は、マドリードのプラド美術館に所蔵されています。また、ブリュッセルのベルギー王立美術館には、本作品の油彩による準備習作が残されています。
シケリアのディオドロスによれば、ヘラクレスの母アルクメネは、ヘラの嫉妬を恐れて生まれたばかりのヘラクレスを野に捨てました。しかし、偶然通りかかったヘラは、アテナの勧めにより、その赤子に母乳を与えることになります。ヘラクレスは驚くべき力でヘラの乳房をつかみ、ヘラは驚いて彼を突き放します。その後、アテナは赤子をアルクメネのもとへ連れ帰り、育てるよう勧めました。
ヒュギーヌスの『天文譜』では、天の川の起源について複数の説が述べられています。一説では、ヘラは誤って幼児のヘルメスに母乳を与えてしまい、ヘルメスがゼウスの愛人の子だと知ると突き飛ばしました。その際にこぼれた母乳が天の川になったとされています。また別の説では、幼児がヘラクレスであり、ヘラが眠っている間に授乳させようとしたが、目を覚まして突き飛ばした際に同じことが起きたとされます。さらに、ヘラクレスが母乳を強く求めすぎたため、こぼれた母乳が天の川になったとも言われています。ヒュギーヌスは、レアの母乳が天の川になったという説も挙げています。
偽エラトステネスの『カタステリスモイ』では、ヘルメスがヘラの母乳をヘラクレスに与えようとした際に、ヘラが拒否したことでこぼれた母乳が天の川になったとされています。これらの神話は、天の川の神秘的な起源を説明しようとする古代の試みを示しています。
フェリペ4世は、改築を終えたトゥーレ・デ・ラ・パラーダを飾るため、1636年にルーベンスに膨大な数の絵画を発注しました。その数は、神話画63点、狩猟画50点にも及びます。この大規模な発注は、当時スペイン領ネーデルラント総督であったフェリペ4世の弟、枢機卿フェルナンド・デ・アウストリアが仲介しました。しかし、納品までの期間が短かったため、ルーベンスはフェリペ4世の許可を得て、下絵を描いた上で、かつての弟子たち、ヤーコプ・ヨルダーンスやヤン・ブックホルストなどの画家たちに制作を委託しました。ルーベンス自身が完成させたのは、この作品を含む約15点程度とされています。完成した作品群は、1638年にマドリードへ発送されました。
ルーベンスは、ヘラが幼児のヘラクレスに授乳する場面を描いています。ヘラは満天の星が輝く雲の上に座っています。真珠のネックレスや宝石のブレスレットを身につけ、白いヴェールを被っています。ヘラクレスは、ヘラの左乳房に右手を伸ばしていますが、口に含んではいません。左乳房からは勢いよく母乳が噴き出し、星空に天の川となって広がっています。ヘラは、おそらくゼウスによってヘラクレスを胸元に抱かされたのでしょう。ヘラの背後には、黄金に輝く戦車があり、その後方には、肘をついて座り、その様子を見つめるゼウスが描かれています。また、2羽の孔雀が綱で戦車の轅に繋がれており、孔雀はヘラのアトリビュートであるため、この戦車がヘラのものであることが分かります。同様に、座っている男神の下には、ゼウスの典型的なアトリビュートである鷲が飛翔しており、雷を掴んでいることから、彼がゼウスであることが分かります。
ルーベンスの解釈では、赤子が突き飛ばされておらず、乳房から母乳が噴き出している点が、従来の神話とは異なっています。一般的に神話の場面が描かれる際には、オウィディウスの『変身物語』が参照されますが、『変身物語』には天の川の誕生に関する神話の記述がほとんどないため、ルーベンスはヒュギーヌスの文献を参考にしたと考えられています。ヒュギーヌスによれば、ヘラはヘラクレスだけでなく、神々の伝令使ヘルメスにも授乳したとされています。美術史家の中には、画面にゼウスが登場することから、幼児がヘラクレスではなくヘルメスであるとする見解もあります。
ルーベンスは、この作品のキャンバス全体を自ら描いています。ヘラの顔は、2番目の妻であるエレーヌ・フールマンをモデルにしています。ベルギー王立美術館に所蔵されている準備素描と比較すると、ルーベンスが最終的に女神の下肢の位置を修正し、ゼウスと鷲を追加していることが分かります。
この絵画は、トゥーレ・デ・ラ・パラーダでは1701年に記録されています。スペイン継承戦争でトゥーレ・デ・ラ・パラーダが焼失した後、新王宮に移され、1772年、1794年、1814年から1818年にかけて記録されています。スペイン国王フェルナンド7世の死後、1834年にプラド美術館に収蔵されました。
ルーベンスの『天の川の誕生』は、神話の物語と画家の卓越した技が見事に融合した、バロック美術を代表する傑作の一つです。
神話に基づく主題
シケリアのディオドロスによれば、ヘラクレスの母アルクメネは、ヘラの嫉妬を恐れて生まれたばかりのヘラクレスを野に捨てました。しかし、偶然通りかかったヘラは、アテナの勧めにより、その赤子に母乳を与えることになります。ヘラクレスは驚くべき力でヘラの乳房をつかみ、ヘラは驚いて彼を突き放します。その後、アテナは赤子をアルクメネのもとへ連れ帰り、育てるよう勧めました。
ヒュギーヌスの『天文譜』では、天の川の起源について複数の説が述べられています。一説では、ヘラは誤って幼児のヘルメスに母乳を与えてしまい、ヘルメスがゼウスの愛人の子だと知ると突き飛ばしました。その際にこぼれた母乳が天の川になったとされています。また別の説では、幼児がヘラクレスであり、ヘラが眠っている間に授乳させようとしたが、目を覚まして突き飛ばした際に同じことが起きたとされます。さらに、ヘラクレスが母乳を強く求めすぎたため、こぼれた母乳が天の川になったとも言われています。ヒュギーヌスは、レアの母乳が天の川になったという説も挙げています。
偽エラトステネスの『カタステリスモイ』では、ヘルメスがヘラの母乳をヘラクレスに与えようとした際に、ヘラが拒否したことでこぼれた母乳が天の川になったとされています。これらの神話は、天の川の神秘的な起源を説明しようとする古代の試みを示しています。
制作の背景
フェリペ4世は、改築を終えたトゥーレ・デ・ラ・パラーダを飾るため、1636年にルーベンスに膨大な数の絵画を発注しました。その数は、神話画63点、狩猟画50点にも及びます。この大規模な発注は、当時スペイン領ネーデルラント総督であったフェリペ4世の弟、枢機卿フェルナンド・デ・アウストリアが仲介しました。しかし、納品までの期間が短かったため、ルーベンスはフェリペ4世の許可を得て、下絵を描いた上で、かつての弟子たち、ヤーコプ・ヨルダーンスやヤン・ブックホルストなどの画家たちに制作を委託しました。ルーベンス自身が完成させたのは、この作品を含む約15点程度とされています。完成した作品群は、1638年にマドリードへ発送されました。
作品の詳細
ルーベンスは、ヘラが幼児のヘラクレスに授乳する場面を描いています。ヘラは満天の星が輝く雲の上に座っています。真珠のネックレスや宝石のブレスレットを身につけ、白いヴェールを被っています。ヘラクレスは、ヘラの左乳房に右手を伸ばしていますが、口に含んではいません。左乳房からは勢いよく母乳が噴き出し、星空に天の川となって広がっています。ヘラは、おそらくゼウスによってヘラクレスを胸元に抱かされたのでしょう。ヘラの背後には、黄金に輝く戦車があり、その後方には、肘をついて座り、その様子を見つめるゼウスが描かれています。また、2羽の孔雀が綱で戦車の轅に繋がれており、孔雀はヘラのアトリビュートであるため、この戦車がヘラのものであることが分かります。同様に、座っている男神の下には、ゼウスの典型的なアトリビュートである鷲が飛翔しており、雷を掴んでいることから、彼がゼウスであることが分かります。
ルーベンスの解釈では、赤子が突き飛ばされておらず、乳房から母乳が噴き出している点が、従来の神話とは異なっています。一般的に神話の場面が描かれる際には、オウィディウスの『変身物語』が参照されますが、『変身物語』には天の川の誕生に関する神話の記述がほとんどないため、ルーベンスはヒュギーヌスの文献を参考にしたと考えられています。ヒュギーヌスによれば、ヘラはヘラクレスだけでなく、神々の伝令使ヘルメスにも授乳したとされています。美術史家の中には、画面にゼウスが登場することから、幼児がヘラクレスではなくヘルメスであるとする見解もあります。
ルーベンスは、この作品のキャンバス全体を自ら描いています。ヘラの顔は、2番目の妻であるエレーヌ・フールマンをモデルにしています。ベルギー王立美術館に所蔵されている準備素描と比較すると、ルーベンスが最終的に女神の下肢の位置を修正し、ゼウスと鷲を追加していることが分かります。
作品の来歴
この絵画は、トゥーレ・デ・ラ・パラーダでは1701年に記録されています。スペイン継承戦争でトゥーレ・デ・ラ・パラーダが焼失した後、新王宮に移され、1772年、1794年、1814年から1818年にかけて記録されています。スペイン国王フェルナンド7世の死後、1834年にプラド美術館に収蔵されました。
ルーベンスの『天の川の誕生』は、神話の物語と画家の卓越した技が見事に融合した、バロック美術を代表する傑作の一つです。
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