天の川の起源 (ティントレット)

『天の川の起源』：ティントレットが描く神話の世界

『天の川の起源』（伊: Origine della Via Lattea, 英: The Origin of the Milky Way）は、ヴェネツィア派の巨匠ティントレットが1575年から1580年頃に制作した油彩作品です。この絵画は、ギリシア神話における英雄ヘラクレスと女神ヘラ（ローマ神話のユノ）のエピソードを題材とし、天の川の誕生という神秘的な瞬間を描いています。

主題：ヘラクレスの誕生と天の川の起源

物語は、ヘラクレスの母アルクメネがヘラの嫉妬を恐れ、生まれたばかりの赤子を野に捨てたことから始まります。偶然にもその場を通りかかったヘラは、アテナの勧めによりヘラクレスに授乳を試みます。しかし、ヘラクレスが乳房を強く吸い付いたため、ヘラは激痛に耐えきれず彼を突き放します。その際、こぼれた母乳が天に昇り、天の川になったという伝説が、この絵画のテーマです。

この神話は、一般的にはヘルメスがヘラクレスを眠っているヘラの寝所に連れて行き授乳させたとされていますが、ティントレットの作品では、ゼウスがヘラクレスをヘラの元へ差し出すという、少し異なる解釈が採用されています。この場面は、アレッサンドロ・ヴィットーリアによるメダルの彫刻や、後世のルーベンスやビストレムの作品にも見られますが、絵画として描かれることは比較的珍しいとされています。

制作背景：ルドルフ2世とトンマーゾ・ランゴーネ

ティントレットの伝記作家であるカルロ・リドルフィは、この作品を含む4点の連作を神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が発注したと述べていますが、別の説も存在します。その説では、医師であり占星術師、そしてパトロンでもあったトンマーゾ・ランゴーネが発注者であるとされています。ランゴーネはティントレットと親交があり、彼に多くの作品を依頼していたため、この作品もその一つである可能性が指摘されています。

作品の詳細：天の川と百合の花

絵画の中央では、雲の上に横たわる眠ったヘラが、宙を舞うゼウスによって差し出された幼児ヘラクレスに授乳しています。ヘラクレスの強い吸引力に驚いたヘラは、両乳房から母乳を噴き出させ、その母乳が天に昇って天の川を形作っています。画面中央には、ゼウスの象徴である鷲が雷を掴んで飛んでおり、ヘラの象徴である孔雀が左端に描かれています。

この作品の興味深い点は、本来のキャンバスが縦長であったということです。かつては、画面下部にヘラの母乳が地上に落ちて百合の花が咲く様子が描かれていましたが、現在は切り取られています。しかし、オリジナルの模写が残されており、かつて大地の女神が百合の花の上に横たわる姿が描かれていたことがわかります。ティントレットは、10世紀の農学書『ゲオポニカ』に引用されたカッシアヌス・バッススの神話に基づき、天の川と百合の花という、2つの誕生を1つの画面に表現したと考えられています。

トンマーゾ・ランゴーネの発注説を支持する場合、天文学、植物学、医学に関心があったランゴーネにとって、天の川の起源と百合の誕生という主題は、彼の興味と一致し、ヘラクレスに不死を与えようとするモチーフは、彼の長寿に対する関心と関連付けることができます。

ティントレットの画風

ティントレットの劇的な構図とダイナミックな表現は、この作品にもよく表れています。アクロバティックに宙を舞うゼウスやプットーの姿は、彼の特徴的な画風を示しています。また、プットーたちが持つ網、鎖、松明、弓矢などの寓意的な要素も、作品に深みを与えています。

来歴：オルレアン・コレクションからナショナル・ギャラリーへ

『天の川の起源』は、1648年のプラハの戦いでスウェーデン軍に略奪され、その後、クリスティーナ女王のコレクションとなりました。1724年までにはオルレアン・コレクションに加わり、パリのパレ・ロワイヤルに飾られます。その後、イギリスに渡り、一時はマイケル・ブライアンに売却されますが、1831年に第4代ダーンリー伯ジョン・ブライによって購入されました。ダーンリー伯は、ティツィアーノやヴェロネーゼの作品も所有しており、これらの絵画は、コブハム・ホールで飾られました。1890年に、第6代ダーンリー伯によって、ロンドンのナショナル・ギャラリーに売却され、現在に至ります。

この作品は、ギリシア神話の物語を、ティントレット独自の解釈で視覚化した傑作であり、その複雑な構図と鮮やかな色彩は、見る者を魅了し続けています。

天の川の起源 (ティントレット)