『天性の素質の寓意』(伊: L'Allegoria dell'inclinazione, 英: Allegory of Inclination)は、
バロック期の女性画家
アルテミジア・ジェンティレスキが1615年から1616年頃に制作した
油彩の寓意画です。この作品は、彼女が画家
アゴスティーノ・タッシからの
強姦被害による
裁判で
ローマを離れ、
フィレンツェに到着して間もない時期に描かれました。依頼主は、芸術家
ミケランジェロ・ブオナローティの甥の息子である
ミケランジェロ・ブオナローティ・イル・ジョーヴァネです。現在は
フィレンツェのカーサ・ブオナローティに所蔵されています。
制作の背景
この作品は、
ミケランジェロ・ブオナローティの生涯を顕彰する連作の一部として制作されました。ミケランジェロの甥リオナルドとカサンドラ・リドルフィの息子、
ミケランジェロ・ブオナローティ・イル・ジョーヴァネ(1568年 - 1646年)からの依頼です。この連作は、
ルネサンス期の巨匠に帰属する「8つの擬人化」の一つであり、「傾向」または生まれつき備わった創造的な能力を表しています。カーサ・ブオナローティの天井画を構成するこの連作の中で、本作は最初に発注され、1615年にはアルテミジアに多額の手付金が支払われました。アルテミジアは第2子の出産からの回復中に、ジョヴァンニ・ビリヴェルティ、ジョバンニ・コッカパーニ、マッテオ・ロッセリとともに連作を制作しました。完成後、アルテミジアに特別な好意を寄せていたイル・ジョーヴァネは、他の作品の3倍以上の報酬を支払いました。この背景には、アルテミジアが
フィレンツェの画家ピエトロ・アントニオ・デ・ヴィンチェンツォ・スティアテッシと結婚したものの、経済的に不安定な状況にあったことが考えられます。
作品の特徴
アルテミジアは、ミケランジェロの偉大さへと向かう生来の気質を、女性像として表現しています。この女性像は雲の上に座り、両手に航海用の羅針盤を掲げています。画面右上には星が描かれ、女性像はその星の輝きに導かれている様子が描かれています。羅針盤や星の描写は、アルテミジアの友人であった
天文学者ガリレオ・ガリレイの磁気と天体の運動に関する理論の影響を受けていると考えられています。1616年は、ガリレオが
異端審問により
地動説の提唱を禁じられた年でした。女性像の特徴は、アルテミジア自身の
自画像に似ており、その容貌や細く束ねられた髪、くぼみのある手は、彼女が
フィレンツェ滞在中に描いた絵画の特徴と一致します。当初、女性像は裸婦として描かれていましたが、後に渦巻くヴェールと衣文のある厚手の布で覆われました。これは、発注者の甥であるレオナルド・ダ・ブオナロートが裸体表現に戸惑い、1684年に画家バルダッサーレ・フランチェスキーニ(エル・ヴォルテッラーノとして知られる)に、裸体の一部を覆う布を描き加えるよう依頼したためです。
修復作業
『天性の素質の寓意』は2022年10月から2023年4月にかけて、
イギリスの非営利団体カリオペ・アーツと美術収集家・慈善家クリスチャン・レヴェットの支援により修復されました。バルダッサーレ・フランチェスキーニの追加部分は物理的に取り除くことができなかったため、修復家たちは紫外線、画像診断、X線撮影を用いて、アルテミジアの筆致と後から加筆された部分を区別し、オリジナル版のデジタル複製を作成しました。絵画はカーサ・ブオナローティ内にあるミケランジェロの『サン・ロレンツォ大聖堂のファサードのモデロ』が展示された部屋に移され、開館時間中に修復作業の様子を訪問者が観察できるようになりました。同時に、カーサ・ブオナローティの改修とギャラリールームの照明の刷新も行われました。
現在は修復作業は完了しており、その成果は2023年9月から2024年1月にかけて開催されたカーサ・ブオナローティでの展覧会「ミケランジェロの美術館のアルテミシア」で公開されました。この展覧会では、科学的調査と修復の成果が紹介されました。
関連作品
他の連作の寓意画も以下のように存在します。
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参考文献
『西洋絵画作品名辞典』
黒江光彦監修、
三省堂(1994年)
Bissell, R. Ward (1999). Artemisia Gentileschi and the Authority of Art : Critical Reading and Catalogue Raisonné. University Park, Pa.: Pennsylvania State University Press.
Christiansen, Keith; Mann, Judith Walker (2001) (English). Orazio and Artemisia Gentileschi. New York; New Haven: Metropolitan Museum of Art ; Yale University Press.
Garrard, Mary D. (1989). Artemisia Gentileschi : the Image of the Female Hero in Italian Baroque art. Princeton, NJ.
Perry, Gillian (1999). Gender and Art. Yale University Press.
外部リンク
カーサ・ブオナローティ公式サイト, アルテミジア・ジェンティレスキ『天性の素質』
この作品は、アルテミジアの芸術的な才能だけでなく、彼女の人生における困難と、その中で立ち上がる女性としての強さをも象徴する重要な作品です。