天正4年興福寺別当相論

天正4年興福寺別当相論の概要

天正4年（1576年）、興福寺において別当職を巡る相論が発生しました。この相論の背景には、興福寺の207代別当を務める松林院光実と、その同族で権別当の東北院兼深の間の権力争いがありました。光実は、天正元年から別当職を果たしていましたが、兼深が次期別当を狙って朝廷に働きかけをした結果、興福寺の内部で緊張が高まることになります。

相論の経過

天正3年の半ば、兼深は光実の後任になるべく、正親町天皇からの密かに勅許を得たと推測されます。これに気づいた光実は、自身の辞任に反発し続けましたが、遂に天正4年5月には別当職を退かざるを得なくなりました。光実の退任を受けて、兼深は次期別当に立候補しますが、既に前の別当であった尋円も立候補の意向を示しました。尋円は長期間にわたり別当を務め、その信任を受けていたため、光実や兼深の立場を脅かします。

5月22日、兼深の申状は日野輝資から南曹弁中御門宣教に届けられ、翌日に藤氏長者である二条晴良に回されました。興福寺の別当職は朝廷の宣下に基づいて決定されますが、藤氏長者が持つ実質的な決定権がこの相論の中で大きな影響を及ぼします。しかし、輝資が宣教からの回答を待っても、宣教は不明確な返事を繰り返しました。

学侶たちの反対

5月27日、大乗院を中心とする学侶たちは兼深が別当に就任する資格を否定する申状を提出しました。彼らは、別当就任に必要な条件として、最も重視される「探題」を務めた経験が求められると主張しました。一方、兼深は過去の先例を引き合いに出し、探題経験が必須ではないと反論し、興福寺においては「講師」を務めた者の方が重んじられることを訴えました。

6月に入り、尋円は自身の主張を強化すべく京都に上洛しました。しかし、6月6日、織田信長が京都に帰還すると、事態は急速に動き出します。信長のもとに兼深の姪である聖秀女王からの支持を求める申し入れが届き、信長は状況を確認するために四人衆と呼ばれる奉行役に書状を提出します。

信長の介入

信長は双方の主張に乖離があることを確認し、氏長者である晴良に決定を委ねる意向を示しました。この信長の指示に基づき、晴良は尋円を別当に任じる奉書を発給し、相論の結論が出るかに思われました。しかし、信長は事が進行する中で、朝廷との摩擦や、自らが懸念していた天皇の意志が侵害されるのではないかという心配を抱くようになりました。

結果的に、信長は四人衆に対して蟄居と所領没収を命じ、兼深は興福寺から追放されることになります。この複雑な政局の中で、信長は自らの権威に対して朝廷の体制を守る姿勢を崩さず、最終的には伝統的な手続きを重視しつつ相論に介入しました。

結果と余波

その後、信長は四人衆の処分を取り消し、兼深は興福寺に戻ることを許可されました。12月には兼深が探題の役割を果たし、別当に任じられるに至ります。この一連の出来事から、信長の姿勢は決して恣意的な権力介入ではなく、秩序ある手続を重視したものであったことが窺えます。この相論は、戦国時代における権力の複雑なダイナミクスと、朝廷に対する武将たちの影響力を浮き彫りにした出来事として記憶されています。

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