太陽四重奏曲

ハイドン：弦楽四重奏曲集 作品20「太陽四重奏曲」

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1772年に作曲した全6曲からなる弦楽四重奏曲集作品20は、「太陽四重奏曲」という愛称で広く知られています。

この曲集は、ハイドンの創作活動において「シュトルム・ウント・ドラング（疾風怒濤）」と呼ばれる時期に生み出された、作品9、作品17と並ぶ重要な弦楽四重奏曲集です。作品20では、全6曲中2曲が短調で書かれている点や、3曲の最終楽章に厳格な対位法形式であるフーガを取り入れている点など、これまでのハイドンの四重奏曲には見られなかった、当時としては極めて大胆かつ革新的な試みが多数含まれています。

概要

この曲集に関する最も貴重な資料として、ハイドン自身による自筆譜が現存しています（かつては作曲家ヨハネス・ブラームスが所有していました）。この自筆譜によって、作品20が1772年に作曲されたことが明確に確認できます。興味深いことに、ハイドンが自ら作成した草稿目録（エントヴルフ・カタログ）では、今日一般的な曲順とは異なり、第5番、第6番、第2番、第3番、第4番、第1番の順で並べられています。

以前の作品、例えば作品9や作品17では、旋律を担う第1ヴァイオリンに重点が置かれる傾向がありましたが、作品20では、4つの声部すべてがより対等に扱われ、それぞれの楽器が独立した役割を果たすという強い傾向が見られます。これは、後の古典派四重奏曲における理想的な書法へと繋がる重要な一歩と言えます。

また、楽章構成にも変化が見られます。作品9や作品17では第2楽章に置かれていたメヌエットが、作品20では第2楽章に現れる曲（第1番、第3番、第5番）と、第3楽章に置かれる曲（第2番、第4番、第6番）が半々になっています。自筆譜における低音パートの表記（「Basso」か「Violoncello」か）の違いから、メヌエットが第2楽章に来るグループの方が先に作曲された可能性が推測されています。

出版と愛称の由来

作品20は、1774年にパリのシュヴァルディエールから初めて出版されました。その後、1779年頃にはアムステルダムとベルリンのヨハン・ユリウス・フンメルから曲順を変更して再版されました。このフンメル版の楽譜の表紙には太陽の絵が描かれていたことから、この曲集は「太陽四重奏曲」と呼ばれるようになったと言われています。19世紀初頭にパリのプレイエルから出版されたハイドン四重奏曲全集や、エルスラーによるハイドン作品目録もフンメル版を基にしていたため、フンメル版の曲順が広く普及することになりました。

ハイドンの作品20は、同時代の作曲家にも影響を与えています。例えば、モーツァルトが1773年にウィーンで作曲した6曲の弦楽四重奏曲（「ウィーン四重奏曲」）のうち、第1曲（K.168）や第6曲（K.173）の最終楽章にフーガが用いられている点など、ハイドンの作品20から直接的な影響を受けていることが明らかです。これは、作品20が正式に出版される以前に、モーツァルトがその内容を知っていたことを示唆しています。

作品20の6曲

作品20に含まれる各曲は、それぞれ個性的な特徴を持っています。

第1番 変ホ長調 Hob. III:31 作品20-1
典型的な4楽章構成を持ち、明るく典雅な雰囲気の中に、ハイドンらしい創意工夫が見られます。各楽章は以下の通りです：
1. アレグロ・モデラート 4⁄4
2. メヌエット：アレグレット
3. アッフェットゥオーソ・エ・ソステヌート 3⁄8 変イ長調
4. フィナーレ：プレスト

第2番 ハ長調 Hob. III:32 作品20-2
この曲は、ハイドンの大胆な実験性が特に顕著です。ハ短調で始まる第2楽章「カプリッチョ」は、全員の激しいユニゾンで始まり、ハイドンがしばしば用いた器楽によるオペラのアリア模倣ですが、作品9や17と異なり、ここではまずチェロがソロを受け持ちます。途中から変ホ長調の美しい「カンタービレ」旋律が現れ、そのまま切れ目なくメヌエットへ続きます。最終楽章のフーガは、高度な対位法技巧が駆使されているにもかかわらず、学術的な堅苦しさがなく、軽快なスケルツォのように聞こえます。
1. モデラート 4⁄4
2. カプリッチョ：アダージョ - カンタービレ 4⁄4 ハ短調
3. メヌエット：アレグレット
4. 4つの主題をもつフーガ：アレグロ 6⁄8

第3番 ト短調 Hob. III:33 作品20-3
短調の作品ですが、同曲集の第5番ほど深刻な雰囲気ではなく、比較的明るさも保たれています。特に、第3楽章の緩徐楽章ではチェロが印象的な活躍を見せます。
1. アレグロ・コン・スピリト 2⁄4
2. メヌエット：アレグレット
3. ポコ・アダージョ 3⁄4 ト長調
4. フィナーレ：アレグロ・モルト 4⁄4

第4番 ニ長調 Hob. III:34 作品20-4
第1楽章は300小節近くあり、全6曲の中でも特に規模の大きな音楽が展開されます。短調の第2楽章は、主題と4つの変奏、そして長いコーダから構成され、各変奏では中心となる楽器が順番に変わる特徴があります。第3楽章のメヌエットは、ジプシー風の軽やかな舞曲で、トリオではチェロの独奏が聴かれます。
1. アレグロ・ディ・モルト 3⁄4
2. ウン・ポコ・アダージョ・アッフェットゥオーソ 2⁄4 ニ短調
3. メヌエット：アレグレット・アッラ・ツィンガレーゼ
4. プレスト・スケルツァンド 4⁄4

第5番 ヘ短調 Hob. III:35 作品20-5
ヘ短調という当時としては珍しい調性が用いられており、6曲中おそらく最初に作曲されたと考えられています。憂愁に満ちた第1楽章は、主題再現部の後に長いコーダが置かれる独特の構成を持ちます。緩徐楽章はシチリアーナ風のリズムを持つシンプルながら美しい曲で、第1ヴァイオリンが旋律を歌います。最終楽章のフーガは、18世紀にしばしば使われた主題の一つを扱っています。
1. アレグロ・モデラート 4⁄4
2. メヌエット
3. アダージョ 6⁄8 ヘ長調
4. フィナーレ：2つの主題をもつフーガ 2/2

第6番 イ長調 Hob. III:36 作品20-6
活気に満ちたアレグレットの第1楽章に始まり、ホ長調の美しいアダージョを経て、メヌエットが続きます。最終楽章は3つの主題を持つ複雑ながらも躍動的なフーガで締めくくられます。
1. アレグレット・ディ・モルト・エ・スケルツァンド 6⁄8
2. アダージョ カンタービレ 2/2 ホ長調
3. メヌエット：アレグレット
4. 3つの主題をもつフーガ：アレグロ 4⁄4

「太陽四重奏曲」作品20は、ハイドンが古典派弦楽四重奏曲の形式と表現を確立する上で極めて重要な役割を果たした傑作集です。その革新的な技法や豊かな表現力は、後世の作曲家たちにも多大な影響を与えました。

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