奎宿

奎宿（けいしゅく）

概要

奎宿は、古代中国に端を発する天文学および占星術体系である二十八宿（にじゅうはっしゅく）の一つです。この二十八宿は、天球上の月や惑星の運行を追跡するための目印として、黄道帯付近の恒星を28の領域に分割したものです。奎宿は、四神思想における西方を守護する霊獣「白虎（びゃっこ）」を構成する七つの宿（星宿）のうち、最も西に位置する第一宿とされています。その名称は、物の重さを量る「はかり」や、文字を書くための「筆」といった意味合いを持ち、奎宿の星の並びがこれらの道具に似ていると見なされたことに由来すると考えられています。

構成星と領域

星官（せいかん）とは、中国の伝統的な天文学における星座にあたるものです。主体となる星官としての奎宿は、アンドロメダ座の一部と、うお座の一部に含まれる複数の恒星によって形成されます。具体的には、アンドロメダ座のη（エータ）星、ζ（ゼータ）星、ι（イオタ）星、ε（イプシロン）星、δ（デルタ）星、π（パイ）星、ν（ニュー）星、μ（ミュー）星、β（ベータ）星の9つの星と、うお座の76番星、τ（タウ）星、ι（イオタ）星、ν（ニュー）星、φ（ファイ）星、χ（カイ）星、ψ1（プサイワン）星の7つの星、合計16の恒星から成り立っているとされます。これらの星がまとまって、天球上で奎宿と呼ばれる特定の領域を占めています。奎宿が担当する天区（星宿が占める空の領域）内には、この主体となる奎宿の星官の他に、独立した名称を持つ別の星官も存在し、記録によると合計で9つの星官がこの天区に位置しています。

距星の変遷

距星（きょせい）は、二十八宿の各宿の赤経を定める際の基準点となる特定の星を指します。奎宿の距星は、歴史的に何度か変更されてきました。当初はアンドロメダ座のε星が距星とされていましたが、唐代の開元年間（8世紀頃）に行われた大規模な観測ではアンドロメダ座のδ星が新たな距星として記録されました。さらに時代が下り、明代の崇禎年間（17世紀頃）の観測では、アンドロメダ座のη星が奎宿の距星として採用されています。このように、天体観測技術の進歩や暦法の改訂、あるいは歳差運動による星の位置の変化などにより、時代と共に奎宿の基準星も移り変わってきたことが分かります。現在では、アンドロメダ座のζ星あるいはη星が距星として推定されることが多いようです。

和名「トカキボシ」

日本の江戸時代には、奎宿に対して「トカキボシ」という訓（よみ）をあてた文献が見られます。「トカキボシ」とは、竃（かまど）などの火を掻き出す際に使う道具である「十能（とおのう）」や「火掻き棒（ひかきぼう）」の形状に似ていることから名付けられた日本の星の呼び名です。この「トカキボシ」は、特にアンドロメダ座のδ星、β星、γ星という3つの星が並んだ様子を指して比喩的に用いられたと考えられています。この日本の伝統的な星の呼び名が、中国から伝来した二十八宿の一つである奎宿と関連付けられて使われた例があることは、日中両国の星文化が交流し、融合していった過程を示す興味深い事例と言えます。

暦注における意味

暦注（れきちゅう）とは、日本の伝統的な暦において、特定の日や時刻の吉凶を示す様々な情報の総称です。二十八宿も暦注の一つとして用いられ、それぞれの日がどの宿にあたるかによって、行うのに良い行動や避けるべき行動が定められていました。奎宿が巡る日は、特に吉日と見なされる行動があります。具体的には、神社の修繕や新築など、神事に関わる建築工事を指す「神事普請（しんじぶしん）」や、建物の骨組みを組み立て始める「柱立（はしらだて）」といった建築に関連する行事が吉とされています。これは、奎宿が持つ象意や天文学的な位置が、これらの活動を行うのに適していると考えられていたためです。このように、奎宿は単なる空の目印としてだけでなく、人々の生活や行事の計画においても重要な役割を果たしてきました。

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