奴隷のいるオダリスク

ドミニク・アングルの傑作『奴隷のいるオダリスク』

『奴隷のいるオダリスク』（L'Odalisque à l'esclave）は、新古典主義の巨匠ドミニク・アングルが1839年から1840年にかけて制作した油彩作品です。この絵画は、オスマン帝国のハレムに仕えた女奴隷（オダリスク）を主題とし、アングルのオリエンタリズム絵画を代表する作品として知られています。

制作の背景

本作は、元々1821年にアングルの友人でありパトロンであったシャルル・マルコット・ダルジャントゥイユから依頼されたものでした。しかし、当時のアングルは公的な仕事で多忙を極めており、実際に制作に着手したのは、彼がフランス・アカデミーの院長としてローマに赴任してから数年後のことでした。

19世紀のフランス画壇では、オリエンタリズム絵画が流行していました。アングルも早くからこの分野に関心を示しており、『浴女』（1808年）や『グランド・オダリスク』（1814年）などの作品を手がけています。ドラクロワが『アルジェの女たち』（1834年）で成功を収めたことも、アングルの創作意欲を刺激したと考えられています。

作品の特徴

絵画は、ハレムの一室でくつろぐ女奴隷を描いています。薄暗い室内は、東洋的な装飾で彩られ、その中で女奴隷の白い肌が際立っています。室内には、楽器を奏でる召使いや、監視役の黒人宦官が配置され、異質な雰囲気を醸し出しています。画面左にはスルタンの帽子と衣装が置かれており、この部屋を訪れる男性の存在が暗示されています。香炉や水パイプは、室内に漂う香りを想像させ、鑑賞者の五感を刺激します。

アングルは、鑑賞者を絵画の世界に引き込むために、様々な工夫を凝らしています。例えば、スルタンの存在を示唆することで、鑑賞者自身がハレムを覗き見ているかのような感覚を与えます。また、人種の対比や、楽器の音色、香りのイメージなどを組み合わせることで、作品に奥行きと深みを与えています。

制作の過程

アングルは、細部に至るまで、新古典主義の厳格な様式を追求しました。彼は、習作を重ね、構図や色彩を緻密に計算しました。また、重要でない部分や、建築物、調度品などは、若い学生たちに描かせることで、自身の制作を進めるとともに、学生たちの育成にも貢献しました。

絵画の源泉

アングルは、オリエントを一度も訪れることはありませんでしたが、メアリー・ウォートリー・モンタギューの書簡集や、異国趣味の版画集などからインスピレーションを得て、この絵画を制作しました。横たわる女性像は、アングルが長年にわたって追求したモチーフであり、『ナポリの眠る女』（1808年頃）にその原型を見ることができます。

作品の来歴

本作は、1845年に公開されると、批評家や一般の人々から広く称賛されました。ヴュルテンベルク王国の国王ヴィルヘルム1世からの依頼を受け、1855年のパリ万国博覧会にも出品されました。その後、所有者が何度か変わりましたが、1943年にグレンヴィル・L・ウィンスロップの遺贈により、フォッグ美術館に収蔵されました。

他のバージョン

ボルティモア版: 1842年に制作されたバージョンで、背景に庭園が描かれているのが特徴です。現在はウォルターズ美術館に所蔵されています。
ルーヴル版: 1858年に制作された素描作品で、ルーヴル美術館に所蔵されています。

この作品は、オリエンタリズム絵画の傑作として、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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