娯楽 (バラエティ)

東京事変の3作目『娯楽（バラエティ）』：集団創造の到達点

2007年9月26日、EMIミュージック・ジャパンよりリリースされた東京事変の3rdアルバム『娯楽（バラエティ）』。前作『大人（アダルト）』から約1年8ヶ月ぶりとなる本作は、バンドの新たな可能性を提示する、多様性と創造性に満ちた作品です。

作曲家としてのメンバーの台頭と椎名林檎の新たな挑戦

本作における最大の注目点は、これまでのほとんどの楽曲で作詞・作曲を務めてきた椎名林檎が、今作では作曲を他のメンバー（伊澤一葉、浮雲、亀田誠治）に委ね、作詞とボーカルに専念したことでしょう。これは椎名林檎自身の意図的な試みであり、他のメンバーの才能を最大限に引き出し、バンドとしての表現を深化させるための戦略でした。

椎名林檎が作曲をメンバーに委ねた理由としては、自身の楽曲以外の楽曲を歌うことで、新たな表現の可能性を見出したいという意図があったとされています。また、新加入の伊澤と浮雲の高い音楽性を評価し、彼らの作家としての才能を存分に発揮させる場を提供することも目的としていました。クラシック音楽の素養を持つ伊澤の端正なソングライティングと、カントリーからソウル、ヒップホップ、ジャズまで幅広いジャンルを横断する浮雲の自由奔放な音楽性は、アルバム全体に多様性をもたらしています。亀田誠治も1曲の作曲に参加し、アルバムの奥行きをさらに増しています。

バンドとしてのアイデンティティとアルバムタイトル

アルバムタイトル『娯楽（バラエティ）』は、テレビ番組のジャンルから着想を得ています。前作までの『教育』『大人（アダルト）』に続き、今回はより広い範囲を包含する「バラエティ」というジャンルを選びました。メンバー間のセッションという、まさに「娯楽」ともいえる制作過程も反映されていると言えるでしょう。日本語の「バラエティ」を英語表記にするとニュアンスが変わってしまうため、あえて漢字表記を用いています。

バンド名の変更も検討された時期がありました。しかし、バンドとしての統一性と、それぞれの個性を融合させた表現を追求した結果、バンド名を変更することはありませんでした。

音楽性とサウンド

前作では明確な曲ごとのテイストが特徴でしたが、今作では曲ごとに多様な要素が複雑に絡み合い、リズムも緩急自在に変化する、より複雑で奥深いサウンドが展開されています。それぞれのメンバーのポップな感性が高度に融合し、至るところに遊び心も散りばめられています。楽曲全体を通して、ジャズ、ボサノバ、ラウンジミュージックといった様々な音楽的要素が、巧みに織り交ぜられています。

制作過程とメンバーの貢献

本作は、椎名林檎が4人のメンバーをプロデュースし、その能力を証明する賭けのような側面も持ち合わせています。椎名林檎は作曲から距離を置くことで、メンバー自身の創造性を最大限に引き出そうとしました。メンバーは膨大なデモ音源の中から楽曲を選び、椎名林檎不在の期間にプリプロダクションやリハーサルを進めました。そして、メンバー全員で収録曲を選定し、バンドアレンジを完成させていきました。

浮雲はライブツアー終了後すぐに椎名から作曲のオファーを受け、椎名の新たな一面を引き出すことを意識して楽曲制作に取り組みました。伊澤は、自身のバンドでは使用しなかった楽曲を椎名に提供しました。その中には、キーボードのみのデモが多く、ボーカルパートはシンセサイザーやギターシンセサイザーで代替されていました。

椎名林檎は、伊澤と浮雲が制作した楽曲の歌詞を書く上で、男性ならではの表現との格闘を経験したと語っています。

楽曲解説（抜粋）

アルバムには、「OSCA」「キラーチューン」といったシングル曲に加え、映画『魍魎の匣』のエンディングテーマ「金魚の箱」など、全13曲が収録されています。各楽曲は、それぞれのメンバーの個性と才能が光るバラエティに富んだ内容となっています。例えば、「ミラーボール」は浮雲がペトロールズ時代に発表した楽曲のカバー、「私生活」は「透明人間」の続編的な内容となっています。また、「黒猫道」は伊澤が自身のバンドでは使用しなかった楽曲を、椎名が新たな歌詞を付け加えて蘇らせた楽曲です。

まとめ

『娯楽（バラエティ）』は、東京事変の音楽性における大きな転換点となった作品です。椎名林檎の作曲からの撤退、メンバーそれぞれの作曲・演奏への貢献、そして多様な音楽的要素の融合は、バンドの潜在能力を余すことなく引き出した結果と言えます。聴く者を飽きさせない、遊び心と深みのある音楽体験を提供してくれる、まさに「娯楽」に満ちた傑作と言えるでしょう。

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