字母

字母（じぼ）

字母とは、アルファベットに代表される、音を表現するための文字体系（表音文字）において、その最も基本的な構成要素や単位を示す言葉です。英語では「letter」にあたります。これらの文字体系では、個々の字母が組み合わされることで単語が綴られ、言語の音声が文字として記録・伝達されます。字母は、音韻的な意味を区別する書記素（しょきそ）と呼ばれる文字体系の最小単位と密接に関連しており、特に表音文字体系における書記素を指して用いられることが多い概念です。

字母が見られる文字体系の種類

字母という概念は、アルファベットと呼ばれるものだけでなく、様々なタイプの表音文字体系に共通して見られます。

アルファベット: 子音と母音のそれぞれに独立した字母が割り当てられている体系です。広く用いられているラテン文字（ローマ字）のほか、ギリシャ文字やキリル文字などがこれに含まれます。例えば、英語で使われる 'A', 'B', 'C'といった一つ一つの記号が字母にあたります。
アブジャド: 主に子音を表す字母から構成される体系です。母音は通常、文字として独立した字母ではなく、補助的な記号によって示されたり、文脈から読み取られたりします。アラビア文字やヘブライ文字が典型的な例です。
* アブギダ: 基本となる字母が特定の子音とそれに続くデフォルトの母音を表し、その他の母音は字母に付加される補助記号によって示される体系です。インド系のデーヴァナーガリー文字や、タイ文字などがこのカテゴリーに属します。

これらの文字体系において、単語は字母の連なりとして表記され、その配列や付加される記号によって音価が定まります。

「字母」と「文字」の区別

「字母」という言葉は日常的には「文字」とほぼ同じ意味で使われることも少なくありません。しかし、厳密な定義においては、両者は異なる場合があります。多くの場合、一つの字母が一つの視覚的な文字に対応します。例えば、ラテン文字の 'p' は字母であり、同時に文字でもあります。

しかし、文字体系や言語の慣習によっては、「文字」が複数の「字母」から構成されていると見なされる場合があります。例えば、ドイツ語の「ß」は、もともと 's' と 'z'、あるいは二つの 's' から派生した経緯を持ち、現在でも 'ss' と置き換えることが可能です。このような場合、歴史的な視点や分析的な視点からは、一つの文字「ß」が複数の字母（あるいはその元となった要素）から成り立っていると捉えることができます。また、複数の字母が組み合わさって一つの文字のように機能する合字（リガチャ）についても、その構成要素を字母と見なすことがあります。

さらに、後述する補助記号が付加された文字を考える際、「字母」はあくまでその文字の基本となる部分を指し、補助記号を含めない場合があります。

補助記号（ダイアクリティカルマーク）との関係

補助記号（ダイアクリティカルマーク）は、字母の上に付いたり、下に付いたり、あるいは他の位置に付加される小さな記号です。これらは、基本となる字母の音価を変化させたり、アクセントや声調を示したりする役割を果たします。例としては、フランス語の 'é'（eにアクサンテギュ）、ドイツ語の 'ü'（uにウムラウト）、スペイン語の 'ñ'（nにチルダ）などがあります。

これらの補助記号は、多くの場合、字母そのものとは区別されます。補助記号が付加された全体をもって一つの「文字」と見なす体系もありますが、「字母」という観点からは、その文字の核となる基本部分（例：「é」における「e」）を指すことが多いです。字母は、文字体系の基本的な骨格を成す要素として捉えられます。

日本語の文字体系における位置づけ

日本語では、漢字、ひらがな、カタカナという複数の文字体系が使われています。漢字は主に単語や意味を表す表語文字であり、アルファベットのような音を細かく分解した「字母」の概念は基本的に当てはまりません。

ひらがなとカタカナは、一つ一つが原則として一音節を表す表音文字（音節文字）です。例えば、「か」「き」「く」「け」「こ」といった仮名文字は、それぞれ独立した一音節を示す単位です。これらの仮名を、アルファベットにおける「letter」という意味での「字母」と呼ぶことは一般的ではありません。通常、「文字」「音符」などと呼ばれます。「五十音」は、これらの仮名を特定の配列で並べたものであり、個々の仮名の性質を示す言葉ではありません。したがって、アルファベットなどにおける「字母」という概念は、日本語の仮名とは性質が異なると言えます。

まとめ

字母は、アルファベット、アブジャド、アブギダといった様々な表音文字体系において、単語を構成する基本的な要素（書記素）を指す重要な概念です。多くの場合、一つの字母が一つの文字に対応しますが、文字体系や文脈によっては、補助記号を含まない基本部分を指したり、複数の字母で一つの文字を構成したりする場合もあります。言語や文字の構造を理解する上で、字母はその根幹を成す要素として認識されています。

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