安倍邦衛

安倍 邦衛

（あべ くにえ）

日本の鉄道官僚、鉄道技術者、そして土木技術者としてその名を残す安倍邦衛は、明治15年（1882年）3月10日に生を受け、昭和25年（1950年）10月19日に亡くなりました。工学博士の学位を有し、特に日本で最初の本格的な地下鉄建設を技術面から牽引したことで知られています。鉄道省での技師経験を経て、東京地下鉄道の初代技師長を務めたほか、関東大震災後の帝都復興院や東京市電気局など、都市の基盤整備に関わる要職を歴任しました。

新潟県中蒲原郡流作場新田（現在の新潟市中央区三和町）出身の安倍は、明治33年（1900年）3月に新潟県中学校を卒業。その後、明治36年（1903年）7月に第四高等学校を終え、明治39年（1906年）7月には東京帝国大学工科大学の土木工学科を卒業しました。同年7月、鉄道作業局に技手として入局し、鉄道技術者の道を歩み始めます。明治42年（1909年）12月28日には鉄道院技師に任命され、中部鉄道管理局工務課に配属されました。ここでは、東海道線の東京と横浜を結ぶ区間の改良工事をはじめ、東京周辺の国有鉄道における様々な土木工事を担当し、実践的な技術力を磨きました。

大正9年（1920年）8月29日、実業家の早川徳次が創設した東京地下鉄道株式会社が、地下鉄建設に適任な技術者を鉄道省に求めた際、鉄道省の推薦を得て、安倍邦衛が大正10年（1921年）1月、同社の建設課長に就任することになりました。ここから、日本初の地下鉄（後の東京メトロ銀座線の一部）建設に向けた本格的な準備が始まります。

大正10年3月13日から大正11年3月16日にかけて、品川から南千住までの広範囲にわたり、地下鉄建設予定地の地質を詳細に把握するため、193地点でボーリング調査を実施しました。これと並行して、地下鉄の具体的な設計作業も進められました。地質調査と設計作業が進む中、大正11年（1922年）3月24日から同年11月17日まで、作成した設計案の妥当性を確認し、海外の先進的な技術やノウハウを学ぶため、アメリカおよびヨーロッパ各都市の地下鉄施設や工事現場を精力的に視察しました。この視察旅行では、現地の地下鉄技術責任者らとも面会し、貴重な知見を得ました。

大正12年（1923年）9月1日に関東大震災が発生し、首都東京は壊滅的な被害を受けます。未曽有の震災からの迅速な復興が求められる中、鉄道省からの要請を受けた安倍は、大正13年（1924年）2月22日に帝都復興院の勅任技師に任命され、土木局で復興事業に携わることになりました。同年2月25日には内務省復興局土木部工務課長に就任し、さらに3月22日からは河港課長も兼任するなど、震災後の都市再建における重要な土木プロジェクトの指揮を執りました。

復興事業が一段落した後、大正15年（1926年）12月24日、内務省復興局土木部工務課長を辞任し、東京市電気局に転じます。ここでは工務課長と高速鉄道調査課長を兼務し、東京市の公共交通網、特に高速鉄道計画の推進に深く関与しました。その後、東京高速鉄道の顧問技師も務めるなど、生涯にわたり東京の都市交通の発展に貢献を続けました。長年にわたる研究活動と実務での実績が認められ、昭和12年（1937年）9月には東京帝国大学から工学博士号を授与されています。

その功績に対し、政府から数々の栄典が贈られています。大正13年（1924年）4月29日には正五位に叙せられ、大正14年（1925年）1月27日には勲四等瑞宝章、昭和5年（1930年）12月5日には帝都復興記念章、昭和9年（1934年）6月21日には銀杯一個が授与されました。

安倍家は、父の九二造が沼垂町長や新潟県会議員を務めるなど、新潟県で影響力のある家系でした。また、従甥にあたる邦太郎も衆議院議員や新潟市会議長などを歴任した実業家です。さらに、岳父の前田武四郎は日本電気株式会社（NEC）の設立発起人・監査役で、「日本電気株式会社」と命名した人物としても知られる電気技術者・実業家でした。その兄である岳父の伯父、前田勝四郎も農業研究者であり村長を務めるなど、親族にも近代日本に貢献した人物が多く名を連ねています。

主な著書としては、『東京地下鐵道地質調查槠况』や『東京の地下鐵道と其工事方法』といった専門書に加え、一般向けに地下鉄について解説した『地下鐵道の話』などがあり、技術的な知見を広く公開する活動も行っています。

安倍邦衛は、日本初の地下鉄建設という国家的事業において、技術的な基盤を築き上げた立役者です。綿密な地質調査、周到な設計、そして国内外の先進技術の研究を通じて、不可能と思われた地下鉄を実現可能にしました。また、震災からの復興やその後の東京の都市交通整備にも尽力するなど、日本の近代都市インフラの発展に不可欠な貢献をした技術者として、その功績は高く評価されています。

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