定旋律

定旋律（Cantus firmus）とは

定旋律（ていせんりつ、ラテン語: Cantus firmus）とは、多声音楽の作曲における基礎として、既存の旋律を用いる技法のことです。定旋律として用いられる旋律は、通常、音価が長く引き伸ばされて用いられます。

歴史

中世

中世音楽においては、オルガヌムや13～14世紀のモテットの基礎として、定旋律を用いた作曲が行われました。当時の定旋律は、グレゴリオ聖歌から採られることが一般的で、旋律は長い音符で固定され、その周りを装飾的な旋律線が自由に動くように構成されていました。定旋律は通常、テノール声部に配置されました（テノールという言葉は、ラテン語の「保つこと」を意味する動詞「tenere」に由来します）。

ルネサンス

ルネサンス初期の作曲家たちは、定旋律の利用に新たな手法を取り入れました。各声部で対位法的な主題として提示したり、リズムを変えて用いたり、宗教曲に世俗歌曲の旋律を転用する試みも行われました。

世俗旋律を定旋律として用いた例で最も有名なものとして、「ロム・アルメ」の旋律が挙げられます。この旋律を用いた楽曲は30以上知られており、初期ルネサンス音楽の巨匠たちは、少なくとも一度はこの旋律を用いてミサ曲を作曲しました。この慣習は17世紀まで続き、カリッシミのミサ曲《ロム・アルメ》が後期の例として知られています。

ヨーロッパ大陸では、ビュノワ作曲のシャンソン《手に負えぬ運命の女神よ Fortuna Desperata》や、ジョスカン・デ・プレ作曲（？）の《千々の後悔 Mille regretz》が、イングランドでは俗謡《西風 The westron wynde》が、ミサ曲の作曲に好んで用いられました。《千々の後悔》は、神聖ローマ皇帝カール5世が愛好したため、スペインでは「皇帝の歌」と呼ばれ、器楽曲の作曲にも利用されました。

バロック

バッハをはじめとするドイツ・バロック音楽の作曲家は、グレゴリオ聖歌の代わりに、コラールの旋律を定旋律として用いました。バッハの《マタイ受難曲》の冒頭では、コラール《おお、穢れなき神の子羊 O Lamm Gottes, unschuldig》が長い音符で現れ、リピエーノ合唱によって歌われます。また、バッハのコラール前奏曲では、ペダルパートにコラールの旋律が含まれていることがあります。

対位法学習における定旋律

フックスの著書『グラドゥス・アド・パルナッスム（パルナッソス山への階梯）』では、定旋律による作曲法が重要な指導手段として扱われており、対位法学習の根幹を成しています。

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