定林寺跡

奈良県高市郡明日香村立部に静かに佇む定林寺跡（じょうりんじあと）は、かつて栄えた仏教寺院の痕跡です。別名を立部寺や常林寺とも称され、古くから聖徳太子が建立した寺院の一つに数えられてきました。この伝承の詳細は現代においても判明していません。現在、跡地には小さな無住の堂が建っています。

現状と遺構

現在の定林寺跡は、無住の小堂が残るのみですが、その西隣に位置する春日神社の境内には、往時の伽藍を偲ばせる様々な遺構が残されています。特に重要なのは、古代寺院の中心をなす塔の跡地であり、ここでは基壇や礎石の一部を確認することができます。これらの遺構は、かつてここに壮大な寺院が存在したことを物語っています。

発掘調査による発見

定林寺跡の歴史的な価値を明らかにしたのは、複数回にわたる学術的な発掘調査です。

1952年の調査

1952年（昭和27年）に初めて行われた本格的な調査では、塔の中心柱を支える重要な遺構である塔心礎が発見されました。この調査からは、飛鳥時代の仏像の一部と考えられる塑像菩薩（そぞうぼさつ）の残欠や、当時の建築に使用された素弁蓮華文（そべんれんげもん）の瓦の破片なども見つかっています。これらの出土品は、定林寺が飛鳥時代に創建された古代寺院であったことを裏付ける決定的な証拠となりました。

1953年の調査

翌年の1953年（昭和28年）には、塔跡とそれに連なる廻廊跡のさらなる詳細な調査が実施されました。塔跡の地下約2メートルという深さから、東西約2.8メートル、南北約2.7メートルにも及ぶ巨大な花崗岩製の心礎が確認されました。この心礎の上面には、塔の中心柱が据えられたとみられる、直径約82センチメートル、深さ約9センチメートルの円形柱座が丁寧に彫り込まれていました。心礎が発見された地下層の地表に近い部分からは、先の調査でも見つかった塑像の破片や古瓦片などが引き続き発見されています。また、同時に調査された廻廊跡の一部からは、桁行約2.48メートル、梁間約2.7メートルという建築構造の規模が判明しました。これらの発掘成果は、定林寺が飛鳥時代において、塔と廻廊を備えた一定規模の伽藍を持つ寺院であったことを具体的に示しています。

国史跡への指定

これらの貴重な遺構と、発掘調査によって得られた古代寺院に関する重要な知見が評価され、定林寺跡は1966年（昭和41年）に国の史跡に指定されました。これにより、古代日本の仏教文化や建築技術を知る上で極めて重要な遺跡として、その適切な保存と活用が図られています。

歴史的意義

聖徳太子による創建という伝承の真偽については不明な部分が多いものの、定林寺跡から発見された塔心礎をはじめとする遺構や、塑像・瓦といった遺物は、飛鳥時代の明日香地域における仏教の受容と発展、そして当時の高度な建築技術や芸術文化の水準を現代に伝えています。定林寺跡は、明日香村に点在する他の古代遺跡、例えば「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」や「聖徳太子霊跡」といった重要な文化財群と関連が深く、これらと共に古代日本の歴史や文化を理解する上で欠かせない場所となっています。これらの遺構は、悠久の時を超えて、当時の人々の篤い信仰心や、それを形にした技術の粋を今に語りかけています。

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