容疑者の夜行列車

『容疑者の夜行列車』の概要

多和田葉子による『容疑者の夜行列車』は、2001年から2002年にかけて雑誌『ユリイカ』で連載された後、単行本として刊行された作品です。この小説は、日本の文学界でも特に評価が高く、2003年には第39回谷崎潤一郎賞および第14回伊藤整文学賞を受賞しました。表紙の装丁は中島かおるが手掛け、斎藤忠徳による写真が特徴的です。

二人称小説の魅力

本作の最大の特徴は、主人公を二人称「あなた」で描いている点です。この手法により、読者は主人公の視点を直接体験することができ、物語の中へより深く没入することができます。多和田は、この手法を用いることで、旅の中での心の葛藤や異国での孤独感を鮮明に表現しています。彼女の他の作品、『旅をする裸の眼』や『アメリカ 非道の大陸』にも共通するテーマがあり、母国語圏外での女性の旅の物語を探求しています。

あらすじ

物語は、主人公である〈あなた〉がハンブルク＝アルトナ駅からパリ行きの夜行列車に乗り込むところから始まります。これにより、読者は彼女と共に旅の始まりを体感します。しかし、列車内には人が少なく、その状況に違和感を覚える〈あなた〉。途中で、車掌からストライキの知らせを受け、列車が運行を停止。そこからバスに乗り換えることになり、物語は予測できない方向へ進むことになります。

次にすれ違うのは、ジーゲン行きの列車の遅延について待っていた1組の男女。彼らに誘われて車に乗せてもらう〈あなた〉は、物理学者の男と出会います。彼との会話を通じて、彼女は物理学についての新たな視点や、旅という枠を超えた人間関係の深さを感じ取ります。流動的な時間と空間を描写する中で、二人の間に芽生える微妙な心の変化が描かれています。

評価

書評家の江南亜美子は、本作に関して「何度も読み返しているが、いつ開いても完璧なテキストだとうっとりしてしまう」と評価しています。それは、多和田葉子が織り成す精緻な言葉や描写が、何度でも新しい発見をもたらすからです。物語の中には、彼女自身が旅を通じて得られる洞察や、異文化間の出会いから生まれる人間関係の複雑さが反映されています。

おわりに

『容疑者の夜行列車』は、異国を蓄積した経験と共に、読む人の心を引き寄せる不思議な魅力を持っています。この作品は、多和田葉子の独自の視点が映し出された、一つの美しい旅の物語です。

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