富士山縦覧場

富士山縦覧場と浪花富士：明治期に見られた模造富士の興亡

富士山縦覧場とは

富士山縦覧場は、明治時代に東京府東京市浅草区（現在の東京都台東区浅草）の浅草公園内に存在した、富士山を模した木造の巨大建築物です。1887年（明治20年）に建設され、当時の人々にとって人気のアトラクションでした。浅草富士、木製富士、木造富士、人造富士、仮富士、富士山模型などとも呼ばれていました。

同時期には、大阪府にも同様の建築物である「浪花富士」が存在しました。本稿では、これらの模造富士について解説します。

建築

富士山縦覧場の敷地面積は約3487平方メートル、高さは約32メートル、裾回りは約270メートルありました。山頂には約85平方メートルの平らな場所があり、そこから周囲を見渡すことができました。木造の骨組みに竹で起伏を作り、その上に粗布や筵を詰めて漆喰で塗り固めることで山の形が造られました。山頂は雪を模した白色、それ以下の部分は岩や樹木に見立てて彩色されました。形状は、富士山というよりもやや縦長で、「栄螺を伏せた」ような形だったと言われています。

登山道は螺旋状になっており、右の内側を200間（約360メートル）登り、左の外側を230間（約414メートル）下るという構造でした。山頂には望遠鏡が設置されており、晴れた日には遠くの山々を望むことができました。周囲には茶屋や東海道五十三次の宿場町を模した建物が建てられ、旅情を演出していました。

歴史

建設の背景

富士山縦覧場建設のきっかけは、1886年（明治19年）に浅草寺の五重塔の修繕時に、見物人に足場への登楼を許可したところ、大変な人気を博したことでした。この人気に目を付けた香具師の寺田為吉が、同様の集客を見込んで富士山の模型を造ることを思いつきました。

当時、高所に人を登らせる見世物が流行しており、富士山縦覧場もその流れの一つでした。また、江戸時代から続く富士講という富士山信仰も、模造富士建設の背景にあったと考えられています。幕末には江戸の各地に模造富士が作られ、山開きが行われたり、眺望を楽しむ場所として人気を集めていました。

浅草六区は、1886年（明治19年）の火災で大きな被害を受け、経営難に陥っていました。その中で、焼け跡の空き地を活用する目的もあり、富士山縦覧場の建設計画が持ち上がりました。

計画と建設

1887年（明治20年）3月、寺田為吉によって東京府に富士山模型の建設許可が申請されました。寺田には十分な資産がなかったため、銀座の商人である永井勝輔が出資者として加わりました。永井は富士山の構造を堅牢にすると約束し、府の許可を得ることができました。

工事は新門福太郎という人物が請け負いましたが、費用が当初の予想を大幅に上回り、工事は難航しました。東京府も構造の不備を指摘するなどしたため、工期は大幅に遅れ、建築費も当初の3,000円から12,000円にまで膨れ上がりました。

開業

1887年（明治20年）11月6日に富士山縦覧場は開業しました。開業時には、東京府下の富士講の人々が白装束で山に登るというイベントが開催され、大変な賑わいを見せました。開業から最初の5日間で12万5,000人が入場し、その後も10万人以上が入場する人気ぶりでした。

しかし、当初の発案者である寺田は実際の運営にはほとんど関わっておらず、運営は出資者によって組織された「共同不二会社」によって行われていました。会社は開業後わずか1ヶ月で多額の利益を上げ、その利益を元に木造よりも堅牢な鉄製の富士山を建設することを目標としていました。

当時、富士山縦覧場を訪れた石井柏亭は、「円錐形の外部は芝居の道具のやうに灰砂かなどで白く塗られた造りものゝ雪の山」と回顧しています。また、山本笑月は「その無恰好は女人形以上、なんださざえの化物かとけなしながらなかなかの登山客」と述べています。

1888年（明治21年）には、納涼のため頂上に電灯が設置されるなど、新たな試みも行われました。

閉業

しかし、富士山縦覧場は風雨による破損が目立つようになり、1889年（明治22年）の大暴風雨で大きく破損しました。その後修繕が行われましたが、人気は戻らず、1890年（明治23年）2月に取り壊し工事が始まり、その短い歴史に幕を閉じました。

跡地には、その後日本パノラマ館が建設されました。

浪花富士とは

富士山縦覧場の人気を受けて、大阪にも「浪花富士」という同様の木造建築物が出現しました。こちらも木組みの上に板を打ち、漆喰で仕上げたもので、螺旋状の道を登る構造でした。

計画と建設

浪花富士は、当初大阪市西区の安田友吉らによって計画され、西成郡今宮村に建設される予定でした。その後、生玉源正寺阪上、または生國魂神社南横手に建設されたという説もあります。計画者は千帆楼という料理屋を経営していた大藏信之であったとされています。

大藏は、寺社周辺の歓楽街に着目し、神社の南の荒れ地を遊園地化しようと計画しました。しかし、荒れ地には多くの墓石が残されており、それを買い取って礎石などに転用したことが、周囲から不評を買いました。また、工事中の怪我や暴風雨による被害などもあり、開業が大幅に遅れることとなりました。

開業と閉業

浪花富士は、1889年（明治22年）9月19日に開業しました。入場料は5厘か1銭で、場内には富士山の他に、滝や花壇、生人形などが展示されていました。当初は物珍しさから人気を集めましたが、1年も経たないうちに経営は困難となり、閉鎖されました。その後、廃墟となり、数年後に取り壊されました。

大阪市は、2014年（平成26年）に生玉公園内を「浪花富士山跡」として、「大阪市顕彰史跡」に指定しています。

まとめ

富士山縦覧場と浪花富士は、明治時代に見られた、人々の好奇心を刺激するユニークな見世物でした。短期間で消え去ったこれらの模造富士は、当時の人々の熱狂と、見世物文化の隆盛を物語る貴重な遺産と言えるでしょう。

もう一度検索