富士講

富士講と浅間講：富士山信仰の歴史と変遷

富士講とは、富士山に対する信仰を基盤とした民衆信仰であり、特に江戸時代に関東地方を中心に発展しました。狭義には、角行（かくぎょう）という人物を祖とする信仰グループを指しますが、広義には富士山を信仰する講社全般を指します。

富士講の活動内容

富士講の主な活動は、「オガミ（拝み）」と呼ばれる定期的な儀式と、富士山への登山（富士詣）です。

オガミ

オガミでは、教典である「オツタエ（お伝え）」を読み、祭壇である「オガミダンス（拝み箪笥）」を用いて「オタキアゲ（お焚き上げ）」を行います。

富士塚

また、富士山の神を祀るために、石や土を積み上げて富士山を模した「富士塚」を築くこともありました。自然の山を代用することもありました。

御師（おし）

御師は、富士講の指導者であり、富士登山者の宿泊施設を提供する役割も担っていました。閉山期には江戸などの富士講を巡り教えを説き、開山期には富士山麓で登山者の世話をしました。狭義の富士講では、吉田の御師の活動のみを指すとされることもありますが、実際には川口、須走、須山など、他の地域の御師の活動も盛んでした。

富士講の多様性

修験道に由来する富士信仰の講集団も「富士講（浅間講）」と名乗っています。これらの講社は、中部・近畿地方に分布し、初夏に水辺で行う水行（富士垢離）を特徴としています。富士山だけでなく大峰山への登山も行うなど、関東の富士講とは異なる活動をしています。

富士講の歴史

起源

狭義の富士講は、戦国時代から江戸時代初期にかけて、富士山麓の人穴で修行した角行藤仏という行者が創始した富士信仰の一派が起源です。その後、旺心（赤葉庄佐衛門）らが初の講社を組織し、「良き事をすれば良し、悪しき事をすれば悪し。稼げは福貴にして、病なく命長し。怠ければ貧になり病あり、命短し。」という教えを広めました。

発展

享保期以降、村上光清や食行身禄によって富士講は大きく発展しました。村上光清は主に大名や上層階級から支持され、食行身禄は江戸庶民から熱狂的な支持を受けました。食行身禄は、富士山中で入定し、その弟子たちが江戸を中心に富士講を広めました。

隆盛と衰退

富士講は、地域社会や村落共同体の代参講として広まりました。富士山の各登山口には御師の集落が形成され、関東を中心に布教活動を行い、多くの参拝者を集めました。最盛期には、「江戸八百八講、講中八万人」と言われるほどでした。

江戸幕府からは、宗教政策上の理由からしばしば禁じられましたが、明治以降は神道勢力からの弾圧が激しくなりました。そのため、富士講の一部は教派神道へと変化し、不二道、丸山教、扶桑教などが生まれました。

明治以降、富士山周辺の観光地化や登山がレジャーとして認識されるようになり、富士講は衰退しました。現在では、講員の数は減少し、街中での活動は見られなくなりましたが、富士山では今でも巡礼の姿を見ることができます。

2006年時点では、十数講が活動し、3軒の御師の家がそれらを受け入れています。また、富士講の御師の旧外川家住宅と小佐野家住宅は、世界遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産であり、国の重要文化財に指定されています。

富士山登拝と富士講碑

富士講にとって富士山は聖地であり、巡礼として富士山登拝を繰り返します。事前に身を清めてから登山に臨みます。角行が修行した人穴は聖地とされており、多くの講員が訪れます。人穴浅間神社は主祭神を角行とし、周辺には約230基の碑塔群が残っています。

富士講信者は、「富士講碑」と呼ばれる記念碑を奉納する文化を持っていました。碑には「笠印」というマークが刻印されており、講社によって異なる種類があります。

巡礼地

富士講信者は、富士山だけでなく、富士五湖や白糸の滝などの巡礼地でも修行を行いました。忍野八海や洞穴も霊場・巡礼地とされていました。

富士八海

富士八海は、富士山周辺の霊場である内八海と、関東から近畿地方に広がる外八海に分けられます。内八海は富士五湖と明見湖、四尾連湖、泉端です。外八海は、二見海（二見浦）、竹生島、諏訪湖、榛名湖、日光湖、佐倉湖、鹿島湖、箱根湖です。

主な指導者一覧

開祖：角行（長谷川角行、藤原角行東覚）
二世：黒野日行日玵（日旺・日玥とも、黒野運平）
三世：赤葉澰行玵心（旺心・玥心とも、赤葉庄左衛門）
四世：前野月玵（月旺・月玥とも、前野理兵衛）
五世：村上月心（村上七左衛門）

光清派（富士御法家）

六世：村上光清（村上三郎右衛門）
七世：光照
八世：照永
九世：照旺
十世：照清
十一世：政徳
十三世：光旺
十四世：旺清
十五世：清腥
十六代：妙清
十七代：善道（断絶）→冨士教へ

身禄派

四世（五世）：森月行劊忡（三世玵心あるいは四世月玵弟子）
五世（六世）：伊藤食行身禄（伊藤伊兵衛）

丸鳩講→不二道

六世：伊藤花子一行（伊藤花（お花）、食行身禄三女、小笠原権九郎夫人）
七世：伊藤参行六王（花形浪江、お花の弟子のち養子）
八世：小谷禄行三志（小谷三志、丸鳩講→不二道開祖）
九世：小谷六行三子（小谷庄兵衛、不二道孝心講開祖）
九世：徳大寺参行三息（大徳寺行雄、神道実行講開祖）→実行教へ

一山講

琢心一我（小泉文六郎、食行身禄弟子、食行身禄長女お梅の奉公先の隣人）
* 日行八我（一山講開祖）→扶桑教へ

まとめ

富士講は、富士山への信仰を基盤とした独特の宗教文化であり、その歴史は日本の民俗信仰を理解する上で重要です。富士山信仰の変遷を辿ることで、人々の信仰心がどのように形を変えていったのかを考察することができます。

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