寺本英

寺本英（てらもと えい、1925年2月15日 - 1996年2月7日）は、日本の生物物理学者であり、数理生物学の先駆者として知られています。彼は、物理学的な視点と数理モデルを駆使し、生物学の分野に新たな研究の道を開きました。

生涯と業績

島根県出身の寺本は、湯川秀樹に師事し、林忠四郎と共に、それぞれの分野で日本の学術研究を牽引しました。1965年に京都大学教授に就任し、1967年には生物物理学会の会長を務めました。京都大学退官後は、龍谷大学教授として教鞭を執り、70歳でその生涯を閉じました。

寺本の業績は、数理生物学の分野において特筆すべきものです。彼は、集団ではなく個体に着目し、生物の集団生態や進化を捉えるという、当時としては革新的な視点を提唱しました。この転換は、それまで主流であった集団中心の分析に対する大きな変革であり、日本の生物学、進化論に大きな影響を与えました。

1982年には、文部省の特定研究プロジェクト「生物の適応戦略と社会構造」を主導し、多くの若手研究者と共に研究を推進しました。このプロジェクトを通じて、寺本は日本の生物学を総合的な進化論へと導きました。

寺本は、今西錦司の弟子である梅棹忠夫の数理研究を発展させ、多くの論文を発表しています。一方で、今西を中心とする生態学の潮流に対して、個体に着目する研究の重要性を説きました。この点において、寺本は今西学派とは異なる新たな研究の道を切り開いたと言えるでしょう。

指導者としての側面

寺本は、多くの弟子を育て、固定観念にとらわれない自由な発想を大切にする指導者でした。研究室が畳の部屋であったことからも、彼の柔軟な考え方がうかがえます。また、その人柄は、獅子のような外見とは裏腹に優しく、多くの弟子たちから慕われていました。

ノーベル賞と国力の差

寺本は、コンピューターがない時代に、手計算で生物学の理論を確立しました。同時期にアメリカでは、コンピューターを用いた同様の研究が行われ、ノーベル賞を受賞しています。これは、研究における国力の差が、業績に影響を与える一例として、後世に語り継がれています。

研究分野の広がりと影響

寺本は、物理学から数理生物学へと研究分野を広げたように、非常に幅広い興味を持っていました。彼は、太陽エネルギーの流れから生態学を再構成することを提唱し、ジップ分布・冪分布などの概念を早くから紹介し、その重要性を説きました。

また、数理社会学がまだ日本に根付いていない時期に、関連図書の翻訳を通じて、数理社会学の確立を側面から援助しました。

著書と訳書

寺本は、数多くの著書と訳書を執筆しました。

単著
1990年 『ランダムな現象の数学』 吉岡書店
1985年 『生命科学シティー・セミナー (1) 』 培風館
1975年 『生命のなぞをたずねて―小さな道化師の役割 (ちくま少年図書館 27) 』 筑摩書房
1974年 『化学におけるランダムプロセス 共立化学ライブラリー〈9〉』 共立出版
1973年 『エネルギーとエントロピー (化学モノグラフシリーズ (25))』 化学同人

共著
1985年 『無限・カオス・ゆらぎ―物理と数学のはざまから』 培風館
1997年 『数理生態学』 朝倉書店

訳書
1989年 『生物学におけるランダムウォーク (りぶらりあ選書) 』 ハワード・C. バーグ (著) 佐藤俊輔との共訳 法政大学出版局
1986年 『社会学の数学モデル』 W. ワイドリッヒ (著), G. ハーグ (著) 重定南奈子、中島久男との共訳 東海大学出版会
1985年 『進化とゲーム理論―闘争の論理』 J. メイナード・スミス (著) 梯正之との共訳 産業図書
1981年 『自然と遊戯―偶然を支配する自然法則』 M. アイゲン (著), R. ヴィンクラー (著) 東京化学同人
1980年 『生化学者のための物理化学』 R.A. ドゥウェック (著) 中島久男との共訳 講談社
1978年 『生物とエネルギー』 L. プーズナー (著) 西崎友一郎との共訳 培風館
1978年 『生物学における確率過程の理論』 N. リヒターディン (著) 産業図書

これらの著書や訳書は、寺本が研究した分野の重要性を示しており、数理生物学、生態学、社会学など、幅広い分野の発展に貢献しました。

寺本英は、その卓越した研究と教育活動を通じて、日本の科学研究に多大な足跡を残しました。彼の業績は、現在でも多くの研究者に影響を与え続けています。

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