尋伺

尋伺（じんし）とは

仏教において、尋伺（じんし、サンスクリット: Vitarka-vicāra、パーリ語: Vitakka-vicāra）とは、心の働きを分類する際に用いられる重要な概念であり、尋（じん）と伺（し）という二つの要素から成り立っています。これらの働きは、瞑想の段階を示す四禅のうち、最初の段階である初禅において現れるとされています。

尋（じん）と伺（し）の意味

尋（サンスクリット: vitarka、パーリ語: vitakka）とは、心が対象に向かう、あるいは対象を捉えようとする初期的な注意や思考の動きを指します。これは、何かを尋ね求めたり、思索を巡らせたり、特定の対象に意識を先行して向けるといった側面を含みます。

一方、伺（パーリ語: vicāra）は、尋によって捉えられた対象に対して、さらに深く注意を払い、詳細を探求し、熟考する働きです。これは、対象の性質を仔細に調べたり、それをより深く理解しようと努めたりすることを意味します。例えるならば、尋がレーダーで目標を捉えるようなものであれば、伺はその目標に対してさらに焦点を合わせ、その詳細を分析するような働きと言えます。

尋伺という複合概念

パーリ仏典などでは、尋（vitakka）と伺（vicāra）はしばしば一つの複合語（Vitakka-vicāra）として扱われます。これは、自分の注意を特定の対象に向け（尋）、その対象について深く探求し、詳細を分析する（伺）という、一連の心の働きを表現しています。この複合的な働きは、「対象を構成要素に分解して理解しようとする働き」や、「ある現象が生起するに至った多様な条件や要因を見出そうとする働き」としても説明されます。

異なる解釈の視点

尋伺という概念は、仏教の伝統の中で様々な角度から解釈されてきました。
例えば、ブッダゴーサによる『清浄道論』に代表される後期上座部仏教の注釈書においては、尋伺は瞑想の初期段階において、対象に対して継続的に注意を集中させる働きとして理解されています。この集中的な注意が、心の静寂へと繋がる重要なステップと見なされます。

また、FoxやBucknellといった研究者は、尋伺が必ずしも瞑想特有の働きだけでなく、「普段私たちが日常的に行っている、言葉に基づいた思考プロセス」を指す場合もあると指摘しています。このような日常的な思考としての尋伺は、瞑想が深まり、第二禅の段階に入ることで次第に静まっていくとされます。

さらに、Shankmanは尋伺の意味について、主に二つの側面があることを示唆しています。一つは、私たちが日常的に行う思考や内省といった精神活動全般を指す場合。もう一つは、特定の瞑想対象に意識を向け、その対象に注意を持続させるという、瞑想実践における心の働きを指す場合です。これらの解釈は、尋伺という概念が、文脈によって幅広い意味を持ちうることを示唆しています。

禅定と尋伺

尋伺は、特に色界の禅定における心の状態を記述する上で重要な役割を果たします。この働きは、第一禅（初禅）において現れる「心所」（ちゅうじょ、心の働きや性質）として位置づけられています。初禅は、尋伺が存在する最も初期の禅定状態であり、粗大な思考（尋）や微細な考察（伺）がまだ完全に静まっていない段階とされます。

瞑想がさらに深まり、第二禅へと進むにつれて、尋伺の働きは次第に止滅するとされています。これは、心がより深い集中と静寂に入り、粗大な思考や詳細な考察といった働きが不要になる、あるいは妨げになるためと考えられます。このように、尋伺の有無は、四禅の各段階を区別するための重要な指標の一つとなっています。

尋伺は、私たちの心がどのように対象を捉え、思考し、探求するのかを示す仏教心理学における基本的な概念であり、特に瞑想修行の初期段階における心の状態を理解する上で欠かせない働きです。その解釈は多様でありながらも、心が対象に向かい、それを深く洞察しようとする一連のプロセスを表現しているという点で共通しています。

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