小原鐵五郎

小原 鐵五郎

小原 鐵五郎（おばら てつごろう）は、明治32年（1899年）に生まれ、平成元年（1989年）に89歳で生涯を閉じた日本の信用金庫経営者です。特に城南信用金庫の第3代理事長・会長を長きにわたり務めたほか、全国信用金庫連合会（現在の信金中央金庫）および全国信用金庫協会の会長職も兼任し、日本の信用金庫業界における圧倒的なリーダーシップを発揮しました。その多大な功績から「信用金庫の神様」と称され、遠慮なく率直に意見を述べる姿勢は金融界のご意見番として知られ、政界、官界、財界にも大きな影響力を持っていました。

経歴

明治32年10月28日（戸籍上は11月1日）、東京府荏原郡大崎村（現在の東京都品川区大崎）に農家の五男として誕生。家業に従事し、小学校を卒業しました。大正7年（1918年）の米騒動を目の当たりにし、貧富の格差を是正し安定した社会を築きたいという思いから、大正8年（1919年）7月に設立された大崎信用組合に書記として入職。実務に熱心に取り組み、その能力を次第に認められます。

昭和20年（1945年）2月に専務理事に昇進。同年8月には、戦災で大きな被害を受けた東京城南地区の15信用組合が合併して誕生した、日本最大の規模を誇る城南信用組合の専務理事に就任します。同年12月には、産業組合の代表として政府の財産税調査立案に関する委員会委員を務め、新円切替に深く関わりました。この頃、後に内閣総理大臣となる池田勇人や前尾繁三郎らとの交流を深めます。

昭和25年（1950年）6月1日、信用金庫の上位機関である全国信用協同組合連合会（現在の信金中央金庫）の発足に尽力し、常務理事に就任。この連合会は、城南信用金庫の応接間を借りて業務を開始したという逸話があります。昭和26年（1951年）6月15日には、信用金庫単独の根拠法である信用金庫法の成立に貢献。同年10月には、全国の信用組合に先駆けて現在の城南信用金庫へと組織変更を行いました。

昭和31年（1956年）5月、歴代理事長の後を継ぎ、城南信用金庫の第3代理事長に就任。昭和36年（1961年）に紺綬褒章、昭和37年（1962年）に黄綬褒章を受章するなど、社会貢献や信金業界での貢献が評価されます。昭和38年（1963年）には全国信用金庫連合会会長、昭和41年（1966年）3月には全国信用金庫協会会長に就任。以来、長年にわたり両組織のトップとして、全国の信用金庫を回りながら業界の結束強化に努めました。

大蔵省（現在の財務省と金融庁）の金融制度調査会委員として、預金保険法の制定や預金限度額の引き上げなど、金融制度の整備にも貢献。特に昭和43年（1968年）の金融二法制定時には、株式会社化の危機に瀕していた信用金庫制度を協同組織のまま守り抜くことに成功しました。信金中央金庫のニューヨーク、ロンドン、シンガポールへの支店開設による国際業務の拡充、信金情報システムセンター（SSC）の設立、信金中央金庫による金融債の発行など、中小企業と信用金庫業界の発展に多岐にわたる貢献を果たしました。

小原哲学（鐵学）

小原鐵五郎は、独自の金融哲学を確立し、「小原哲学」、あるいは名前の一字から「鐵学」とも呼ばれ、現在の信用金庫業界の経営理念にも大きな影響を与えています。

裾野金融

昭和41年（1966年）の金融制度調査会で、信用金庫を株式会社化し大銀行に統合すべきという案（滝口試案）が提示された際、小原はこれに強く反対しました。信用金庫が株式会社の弊害を是正するために生まれた協同組合運動に根差していることを説き、中小企業を支える信用金庫の公共的な役割を強調しました。有名な「裾野金融論」では、「富士山の頂が大企業だとすれば、それを支える中小企業の広大な裾野があってこそ日本の経済は成り立つ。その中小企業を支援するのが信用金庫であり、その使命は重い」と述べ、信金制度の存続の必要性を訴えました。この主張は当時の関係者に深い感銘を与え、信金制度が協同組織のまま存続するための金融二法の成立へとつながりました。

貸すも親切、貸さぬも親切

若い頃から提唱した理念で、単に担保や利息で貸付を判断するのではなく、顧客の事業や生活の繁栄を第一に考え、必要であれば資金を供給し、もし顧客のためにならない投機資金などであれば断ることもまた親切であるという考え方です。英国の健全な銀行哲学（サウンドバンキング）を受け継ぐものとして、顧客の立場に立った親身な対応の重要性を説きました。バブル期においてもこの理念を貫き、投機的な融資を避けたことで、取引先への損害を防ぎ、健全な経営を維持できたとされています。

カードは麻薬

海外視察でアメリカのクレジットカード社会を憂い、安易な借金が勤倹貯蓄の精神を失わせ、生活破綻や社会不安を招くと警鐘を鳴らしました。日本で拡大しつつあったクレジットカードや消費者金融を「麻薬」に例え、その拡大が社会の治安悪化や犯罪増加につながると厳しく警告しました。この懸念は、後のサラ金問題として現実のものとなりました。

貯蓄興国、借金亡国

庶民が十分な貯蓄を持たずに生活苦に陥ることを憂慮し、貯蓄の奨励を強く訴えました。勤倹貯蓄は個人の生活安定にとどまらず、国家の繁栄にもつながる一方、借金生活が常態化すれば国は衰退するという考え方です。国民の豊かな生活の実現のために、貯蓄が不可欠であると常々強調しました。

銀行に成り下がるな

信用金庫の前身である市街地信用組合が、利益目的ではなく、地域の安定や住民生活の向上のための公益事業として設立された歴史的背景を深く理解していました。そのため、利益追求を第一とする銀行とは異なるという強い自負を持ち、部下に対して、信用金庫本来の公共的な使命を忘れて銀行のような姿勢になってはならないと強く戒めました。

人の性は善なり

金融機関では相手を疑いがちな中で、小原は様々な経験から「人の性は善なり」という信念を持っていました。担保が少なくても、真面目な人柄で将来性があると判断すれば融資を行い、その信頼に応えて成功した人物とのエピソードが残されています。相手を信じ、恩情を持って接すれば、相手もそれに報いようと努力するという人間観を示しています。

人柄に貸せ

融資判断においては、物的担保よりも、その人の真面目な人柄や事業への熱意、仕事ぶりを重視することを説きました。地域に密着し、顧客をよく知る信用金庫の強みを活かし、外観ではなく人柄を見て判断することの重要性を強調しました。

産業金融に徹する

企業の育成発展に貢献することが金融機関の使命であると考え、これを「産業金融」と呼びました。市場での金融商品取引で利益を得る「市場金融」を批判し、企業の経営実態を把握し、親身なアドバイスとともに安定した資金供給を行うことの大切さを訴えました。この考え方は、近年の金融危機を経て再評価されています。

国民経済が大切

経済は国民の幸福のためにあるという信念を持ち、大企業の海外進出や産業の空洞化が、国民の雇用を奪い国家を衰退させると懸念を示しました。自由貿易が絶対視される時代にあって、国民経済を重視する小原の考えは、後の日本経済の現実をある意味で先取りしていました。

その他の側面

小原鐵五郎は、世のため人のために貢献する人材育成のため、全財産を投じて財団法人小原白梅育英基金を設立しました。これは日本でも有数の奨学育英基金となっています。また、デマによる豊川信用金庫の取り付け騒ぎ事件では、陣頭指揮を執って混乱を収束させました。

その功績は高く評価され、勲三等、勲二等の瑞宝章を受章した後、昭和62年（1987年）の春の叙勲では、金融・産業経済への長年の貢献により従三位勲一等瑞宝章を天皇から親授されました。これを記念し、全国の信用金庫が協力して東京都中央区京橋の信用金庫会館前に小原の銅像が建立されています。銅像の台石には「貸すも親切 貸さぬも親切」と刻まれています。

小原は皇族、歴代総理大臣、大蔵省の要人、日本銀行総裁、財界人など、幅広い層と交流がありました。特に当時の内閣総理大臣、大平正芳とは公私にわたり親交が深く、その訃報に大きな衝撃を受けたといいます。

また、小原の哲学は後の世代にも影響を与えています。池井戸潤の小説を原作としたテレビドラマ『半沢直樹』や『陸王』で引用された「貸すも親切、貸さぬも親切」「銀行は雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を貸す」といった台詞は、小原が最初に語ったものとして知られています。

自らの健康法については、「人に心に残るような意地の悪いことをしない」ことを挙げ、他人への配慮や思いやりを非常に大切にしていた人柄をうかがわせます。享年89歳で死去し、墓所は東京都品川区の摩耶寺にあります。葬儀には当時の竹下登首相をはじめ、多くの政財界の要人が参列し、その死を悼みました。

主な著書には、『わが道ひと筋』、『貸すも親切貸さぬも親切―私の体験的経営論』などがあります。

信用金庫業界の礎を築き、その後の経営哲学に多大な影響を与えた小原鐵五郎は、文字通り「信用金庫の神様」として、今なおその功績が語り継がれています。

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