小川尚義

小川尚義：台湾語研究のパイオニアとその生涯

小川尚義は、明治から昭和初期にかけて活躍した言語学者であり、台湾語と台湾原住民諸言語研究の第一人者として知られています。愛媛県松山市に生まれ、松山中学、第一高等中学校を経て、帝国大学文科大学博言学科を卒業。在学中は後に著名な俳人となる正岡子規と親交を深めました。卒業後、台湾総督府学務部に勤務し、台湾語の研究に没頭します。

台湾での研究活動は、小川尚義の生涯における大きな部分を占めています。台湾総督府国語学校教授や台北高等商業学校校長を歴任した後、台北帝国大学文政学部教授に就任。この間、台湾原住民の諸言語にも取り組み、精力的に研究を進めました。その成果は『日台小辞典』『日台大辞典』『台日大辞典』といった辞書編纂や、パイワン語、アタヤル語、アミ語といった台湾原住民言語に関する貴重な語彙集の編纂に結実しています。また、『原語による台湾高砂族伝説集』では、浅井恵倫との共同調査による台湾高砂族（現在の台湾原住民）の伝説をまとめました。これらの業績は、台湾の言語学研究に多大な貢献を果たし、現在でも高く評価されています。

学術研究の傍ら、小川尚義は幅広い交友関係を持っていました。正岡子規との交流は、彼の人格形成に大きな影響を与えたとされています。一高時代からの親交は、卒業後も続き、小川が台湾へ赴任する前には、子規から激励の句を贈られています。その他にも、夏目漱石、秋山真之など、各界の著名人と親交がありました。また、キリスト教への信仰を持ち、三並良牧師などから影響を受けていたと言われています。

1936年に台北帝国大学を退官した後、小川尚義は故郷松山に戻り、晩年は下掛宝生流謡曲に親しみました。昭和22年、78歳で生涯を終えます。その死後も、彼の研究成果は台湾の言語学研究、ひいては台湾の歴史文化研究に貴重な資料として活用されています。長男の小川太郎は戦後の同和教育に貢献し、五女の吉野義子は俳人として活躍するなど、一家には文化・社会に貢献した人物が多く輩出されています。

小川尚義の生涯は、学究への飽くなき探究心と、人との温かい交流、そして多様な文化への深い理解に彩られたものでした。彼の研究は、台湾の言語文化を理解する上で欠かせないものとなっており、その功績は今もなお語り継がれています。彼の残した膨大な資料は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所がまとめた『小川尚義・浅井恵倫台湾資料研究』に収められています。これらの資料は、現代の研究者にとっても貴重な資源であり、台湾の言語文化研究の発展に寄与し続けています。

もう一度検索