小泉芳江

小泉芳江（こいずみよしえ）は、昭和・平成期における日本の政治家一家を支えた女性です。第87代から89代まで日本の内閣総理大臣を務めた小泉純一郎氏の母として知られています。また、父は逓信大臣などを歴任した政治家の小泉又次郎氏、夫は防衛庁長官などを務めた政治家の小泉純也氏であり、自身も横須賀という土地で代々続く政治家一家の一員でした。出生名は石川エシエ（いしかわエシエ）。1907年（明治40年）11月29日に生まれ、2001年（平成13年）10月30日に93歳でその生涯を閉じています。

生い立ち

芳江氏は、現在の神奈川県横須賀市で誕生しました。その生い立ちは、当時の社会背景と小泉家の事情が絡み合ったものでした。父は政治家の小泉又次郎氏ですが、母は小泉家で女中を務めていた石川ハツ氏でした。ハツ氏は又次郎氏の側室という立場であり、正妻であるナオ氏との間に子がなかった又次郎氏は、ハツ氏が産んだ子を認知することを望みました。

こうして又次郎氏と石川ハツ氏の間に生まれた女児は、母の姓を名乗り「石川エシエ」と名付けられました。その後、母ハツ氏は別の男性と結婚し小泉家を離れますが、父又次郎氏はエシエ氏を認知し、小泉家へ引き取って自らの娘として育てることを決めます。小泉家の一員となったエシエ氏は、「芳江」と改名し、「小泉芳江」として新たな人生を歩み始めました。父又次郎氏は、自身の血筋を絶やさぬためなら、母が誰であれ子を持つべきだ、という考えを持っていたと伝えられています。

教育と結婚

小泉家で育った芳江氏は、十分な教育を受けました。1929年（昭和4年）には、日本女子大学校の家政学科を卒業しています。当時の女性としては高い水準の教育を受けたと言えるでしょう。

卒業後、芳江氏は父・又次郎氏の政治活動に関わる中で、彼の秘書を務めていた鮫島純也氏と出会います。純也氏は鹿児島県出身で、又次郎氏の下で政治の世界に入った人物でした。二人は互いに惹かれ合いますが、父又次郎氏は娘の結婚相手として純也氏を認めず、二人の結婚に強く反対しました。

父の反対に遭った芳江氏と純也氏は、固い決意を胸に東京・青山の同潤会アパートへ駆け落ちし、同棲生活を始めます。娘の覚悟を知った又次郎氏は、最終的に二人の関係を許しますが、それには一つの条件を付けました。それは、鮫島純也氏が将来代議士となり、小泉家の政治基盤を継承するというものでした。この条件を受け入れた純也氏は、後に政治家としての道を歩み始めます。父の許しを得て、芳江氏と純也氏は正式に夫婦となりました。

家族と晩年

純也氏と結婚した芳江氏の間には、三女二男の五人の子どもが誕生しました。長女の道子氏、次女の隆子氏、三女の信子氏、そして後の内閣総理大臣となる長男の純一郎氏、次男の正也氏です。芳江氏は、政治家として活躍する夫を支え、五人の子どもたちの育成に尽力しました。特に、長男の純一郎氏が父・純也氏の地盤を受け継ぎ政治家となってからの歩みを、母として温かく見守り続けました。

晩年は神奈川県横須賀市で静かに暮らし、家族と共に過ごす時間を大切にしました。2001年（平成13年）10月30日、93歳で呼吸不全のため、生まれ育ち、そして多くの時間を過ごした横須賀市内で亡くなりました。

人物像

小泉芳江氏は、近しい人々からは個性的な人物として記憶されています。父・又次郎氏の養女であった近藤壽子氏は、芳江氏について「気に入らないことがあると、すぐに人との関係を断ち切ろうとするところがあった」「絶縁するのが大好きだった」と語っています。しかし、それはあくまで一時的な感情的な行動であり、根が優しく情に厚い人物であったため、ほとんどの場合は自分の方から歩み寄り、関係を修復しようとしたそうです。このエピソードからは、恵まれた環境で育った「お嬢様」然とした気質と、人間味あふれる温かさが同居する、複雑で魅力的な人柄がうかがえます。

小泉家と親族

小泉芳江氏は、神奈川県の横須賀・金沢を拠点とする小泉政治家一家の重要な一員でした。主な親族関係は以下のようになります。

祖父: 小泉由兵衛（とび職、請負師として小泉家の基礎を築いた）
祖母: 小泉徳
父: 小泉又次郎（衆議院議員、逓信大臣などを歴任）
母: 石川ハツ（又次郎の側室）
夫: 小泉純也（衆議院議員、防衛庁長官などを歴任）
長女: 道子
次女: 隆子
三女: 信子
長男: 小泉純一郎（第87・88・89代内閣総理大臣）
次男: 小泉正也
* 孫（純一郎の子）: 小泉孝太郎（俳優）、小泉進次郎（政治家）、宮本佳長（純一郎と元妻の離婚後に誕生し、母方に引き取られ母方の姓を名乗る）

芳江氏は、請負師の祖父から政治家となった父へ、そして政治家の夫を経て、さらには息子を内閣総理大臣にまで育て上げたという、日本の政治史の中でも特筆すべき一家の変遷を、その中心で支えた人物でした。波乱に満ちた生い立ちを乗り越え、母として、妻として、そして小泉家の一員として、その生涯を全うしました。

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