小金原御鹿狩

小金原御鹿狩（こがねはらおししかり）は、江戸時代に徳川将軍が現在の千葉県松戸市を中心とした小金牧で実施した大規模な狩猟です。この狩りは、単なる娯楽にとどまらず、軍事演習や農作物への害獣駆除といった目的も兼ねていました。特に、将軍の権威を示す重要な行事として位置づけられていました。

概要

小金原での狩猟は、徳川吉宗、家斉、家慶の3人の将軍によって行われました。吉宗は享保10年（1725年）と翌年の2回、家斉は寛政7年（1795年）、家慶は嘉永2年（1849年）に実施しました。それぞれの将軍の時代は、享保の改革、寛政の改革、天保の改革の時期と重なります。家慶の狩りには、後の将軍となる慶喜も同行しており、小金原で狩猟を経験した将軍は計4人となります。

狩猟は入念な準備のもと行われ、特に家斉の時代には、多数の勢子（獲物を追い立てる人）を動員し、数日間にわたって下総国だけでなく、上総、常陸、武蔵の各地域からも獲物を追い込むという大規模なものでした。鹿狩りとは言っても、獲物には猪などの鹿以外の動物も多く含まれていました。

狩猟の目的は、将軍の娯楽に加えて、軍事演習や将軍の権威を示すこと、農作物に被害を与える草食動物や馬を襲う野犬の駆除など多岐にわたりました。『千葉縣東葛飾郡誌』には、寛永期に家光も狩猟を行ったという記述がありますが、小規模だったため記録が不明確です。

以下に、各将軍による狩猟の詳細を記します。日付は旧暦で、特に注記がない場合は『徳川実紀』に基づきます。また、可能な限り一次資料に基づき、二次資料の引用は避けるようにします。

吉宗

享保の改革を推進した吉宗にとって、小金原での狩猟は、指揮体制の強化や新田開発の視察という側面もありました。小金牧は江戸から比較的近く、平坦な地形であったため、大規模な狩猟を行うのに適した場所でした。また、農耕地に囲まれていながらも、農耕地ではないという点も、狩猟地として好都合でした。

享保10年3月18日には、狩猟に先立ち、少老が小金原の狩場を巡視した記録が残っています。同年3月27日には、最初の大規模な鹿狩りが実施されました。この年は、翌年の本格的な実施に向けた準備的な意味合いが強かったためか、記録は比較的少ないです。吉宗は丑の刻に江戸城を出発し、両国橋から船で小菅へ移動し、そこから小金牧に入りました。この日の収穫は、鹿800余、猪3、狼1、雉子10でした。この結果から、生類憐れみの令以降、鹿の数が増加していたことが窺えます。国立公文書館所蔵の『享保小金原御場絵図』には、御立場（将軍の休憩所）の記載があり、狩猟の中心地が後の狩猟とほぼ同じ場所だったと考えられます。

翌享保11年3月27日にも狩猟が行われ、この年の記録は前年よりも詳細です。吉宗は伊達羽織を着た供を連れ、丑の刻に江戸城を出発。前年同様に舟で綾瀬川を渡り、水戸橋で上陸した後、松戸宿で休憩し、狩場へ向かいました。当日は、富士山麓で狩猟を行った源頼朝にならった服装であったと記録されています。

松戸宿から狩猟場までの道筋は、現在の地図と照らし合わせると、鮮魚街道沿いの土手道を通っていたと考えられています。狩猟場では、御立場を中心に狩猟が行われました。御立場は、高さ約15mの土を盛り上げた山で、将軍が休憩するための調度品が備えられていました。跡地近くには現在、五香公園があり、記念碑が建てられています。

この年の狩猟では、鹿470、猪12、狼1が捕獲されました。また、鷹狩りも行われました。狩猟は未の刻に終わり、来た道を戻り、千住大橋から船で両国橋へ、戌の刻に帰還しました。

『東葛飾郡誌』には、狩猟に同行した9人の名前の他、騎馬204人、幕府の者794人、徒歩1036人が参加したという記録が残されています。

家斉

寛政7年3月5日に行われた狩猟の記録は、さらに詳細です。家斉は子の刻に江戸城を出発し、両国橋から舟で移動、水戸橋からは馬に乗り換え、卯の刻半に松戸で休憩した後、辰の刻半に狩場に到着しました。この時の狩猟では、家斉自身が鹿を5頭仕留めた他、鹿21頭、猪12頭が突かれて捕獲され、その他に鹿86頭、猪2頭、兎9羽、狐3匹、貂3匹、狸1匹、雉1羽の計132匹が捕獲されました。ただし、『徳川実紀』と『小金鹿狩』には、獲物の数に若干のずれがあります。

『小金鹿狩』には、獲物の種類と捕獲者名が記録されていますが、「姓名不知」とされた部分も複数あり、鹿や猪を仕留めることが、将軍の側近などの特権であったことを示唆しています。

狩猟は亥の刻に終わり、帰還しました。この頃には、鹿の数が減少しており、農民にとっては、生きた獲物の確保が義務付けられ、害獣駆除の恩恵よりも使役としての側面が強くなっていました。『日本疾病史・上巻』には、この狩猟の直後に流行したインフルエンザが「御猪狩風」と呼ばれたという記述があります。

『東葛飾郡史』によると、この時の狩猟では、武蔵、上総、下総、常陸の4国5郡から獲物が集められました。また、狩猟の前年には、中野牧と下野牧の馬を下野牧東に移すよう指示が出され、入念な準備が行われたことが分かります。この時の御立場も、吉宗の時代と同じ場所であったと考えられます。

1919年の『東葛飾郡案内』には、御立場の残存と、寛政3年の狩猟の際に築かれたという伝承が記録されています。国立公文書館には、当時の資料が多数残されており、狩猟の様子を描いた絵図なども存在します。

家慶

嘉永2年3月18日に行われた狩猟では、2月27日に駒場野で予行演習が行われました。この時の狩猟は、ほぼ満月の夜に行われたという特徴があります。『千葉縣東葛飾郡誌』には、この鹿狩が慶喜公13歳の時をもって最後になったと記されていますが、実際には家慶が先に行っています。

家慶は、両国橋から舟で移動し、千住大橋で陸に上がり、千住新宿松戸で小休止した後、和名谷村金作陣屋前清水御林の下を通り、御立場に到着しました。この時の収穫は、鹿29頭、猪122頭、兎100羽、雉子2羽でした。

『小金野夢物語』には、江戸川に橋を架け、御成道を整備した様子、松戸の松龍寺で将軍が休憩したことなどが記録されています。また、御立場は方54m以上、高さ7.5mで、頂上には東向きの御殿があったとされています。勢子などの人足は、各地の石高に応じて割り振られ、その数は約49,992人に上ったと推測されています。

この狩猟には、慶喜も同行し、馬が豚を見ると駆け寄るようになるまで訓練したという逸話が残っています。また、この狩猟の際に、徳川斉昭から姉小路へ書簡が送られたという記録も残っています。

御立場は昭和初期まで残り、地図でその位置を確認することができます。迅速測図では、測量点としても用いられていました。明治期には、下野牧跡にあたる習志野で、天覧の軍事演習を描いた絵に、御立場と酷似した土台が描かれています。

2013年からは『大狩盛典』に資料が掲載されており、国立歴史民俗博物館のデータベースで、当時の狩猟を描いた浮世絵などを閲覧することができます。

これらの記録から、小金原御鹿狩は、江戸時代の将軍が権威を示し、軍事演習を行い、農民を動員した大規模な行事であったことがわかります。

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