少年 (川端康成)

作品概要

『少年』は、川端康成が1948年（昭和23年）に発表した私小説的な随想作品です。中編程度の長さで、作者自身の過去の日記や書簡、未定稿の草稿などを引用しながら、自伝的な内容が綴られています。

内容

この作品では、50歳になった川端が、旧制中学時代に経験した同性への恋を中心に描いています。特に、寄宿舎で同室だった清野少年との純粋な愛情が深く掘り下げられています。また、湯ヶ島滞在時の記録や、伊豆で出会った踊子に関する回想も断片的に盛り込まれ、川端自身の少年時代の記憶をたどる構成となっています。

川端にとって、清野少年から受けた無償の愛は、その後の恋人との別離の傷を癒すとともに、『伊豆の踊子』に登場する踊子の純粋なイメージへと繋がっていきます。さらに、後年の作品に頻繁に登場する中性的な美少年（聖少年）のイメージにも影響を与えたとされています。

発表と加筆

『少年』は、鎌倉文庫の雑誌『人間』に1948年5月号から1949年3月号にかけて、全6回にわたり連載されました。その後、1951年には目黒書店から単行本として刊行され、短編小説「十六歳の日記」や「伊豆の踊子」も収録されました。この際、連載時の文末にあった一部の文章が削除されています。さらに、1952年に刊行された『川端康成全集』に収録される際、大幅な加筆が加えられ、現在の形となりました。

2022年には新潮社から初の文庫版が刊行され、広く読まれることとなりました。

あらすじ

50歳を迎えた「私」こと川端康成は、自身の全集刊行を機に過去を振り返ります。幼少期に父母を亡くし、自身も早逝するのではないかという不安を抱えていた「私」は、50歳まで生きられたことに感慨を覚えます。過去の原稿を読み返す中で、旧制中学時代の日記や作文、特に寄宿舎での清野少年との出会いを思い出します。

清野との日々は、「愛染」という言葉で表現される、お互いを抱擁し合う習慣がありました。同室の大口という人物が清野に手を出そうとした事件を通じて、「私」は清野への深い愛情を自覚します。卒業後も清野を訪ね、手紙をやり取りしていましたが、やがて疎遠になってしまいます。

また、大学時代に書いた「湯ヶ島での思ひ出」には、清野との思い出が詳細に綴られており、その中で、伊豆で出会った旅芸人の踊子との出会いも語られます。湯ヶ島は、川端にとって心身の疲れを癒す特別な場所でした。滞在中、大本教の教祖に幻滅した「私」は、清野の純粋さを再認識します。

「私」は、清野の信仰に触れ、彼が神に選ばれた人間だと感じます。また、清野からもらった手紙を読み返し、彼の愛情を改めて感じます。最終的に、「私」は清野への感謝を胸に、これらの思い出の品を焼却することを決意します。

登場人物

私：川端康成自身。作中では「宮本」という仮名が用いられる。
清野：中学時代の寄宿舎で「私」が愛した少年。純朴で女のような優しい性格。
* その他：祖父、大本教の教祖、寄宿舎の友人、清野の弟など

執筆背景

川端康成は幼くして両親や祖母を亡くし、祖父と暮らしていましたが、その祖父も中学3年生の時に亡くなり、孤独な少年時代を送りました。その後、寄宿舎生活を送る中で、同室になった清野少年と親密な関係を築きます。当時の日記には、清野を「柔和で本当に純な少年」と評しています。当時、男子学生間の同性愛的な感情は珍しいことではなく、特に寄宿舎ではよく見られたものでした。

清野（小笠原義人）について

作中で「清野」とされている少年の実名は小笠原義人です。彼は川端よりも3学年下でしたが、年齢は1歳しか違いませんでした。卒業後も文通を続け、川端は彼の寄宿舎や実家を訪れています。小笠原は、川端にとって「人生で出会った最初の愛」でした。

小笠原の家族は大本教の信者であり、嵯峨野に住んでいました。川端が熱を出して寝ている時に聞いた「リリシャシャ」という祈祷の言葉は、大本教ではなく神道系の祈祷ではないかと推測されています。

作品の成立

『少年』は、川端が全集刊行にあたり、過去の原稿を整理する中で生まれた作品です。日記や未定稿の草稿「湯ヶ島での思ひ出」などが基になっており、特に「湯ヶ島での思ひ出」は『伊豆の踊子』の原型にもなっています。発表当時はあまり評価されなかったものの、2022年の文庫化を機に再評価されています。

作品の解釈

『少年』は、虚構と現実が入り混じった作品です。作者自身の経験に基づきながらも、創作的な要素が加えられています。また、川端の孤児としての悩みや、清野との出会いを通じて得た安らぎが描かれています。

同性愛的な感情が描かれていますが、肉体的な関係は明確に否定され、精神的な愛情が強調されています。この作品は、近代的な恋愛感情と、美少年同士の純粋な愛情を描いた幻想的な物語として評価されています。

評価

『少年』は、発表当時あまり同時代評に恵まれませんでした。同性愛を扱っている点や、作品のジャンルが特定しにくい点がその理由とされています。しかし、近年の再評価によって、その文学的な価値が見直されています。

受容

2022年の文庫化を機に、多くの読者に受け入れられ、特にボーイズラブ小説として若い世代からも支持を集めています。

刊行本情報

『少年』は、複数の版が存在し、川端自身による改訂も行われています。現在、一般的に読まれているのは、新潮社から刊行されている文庫版です。

まとめ

『少年』は、川端康成の少年時代の経験をもとに、同性への愛情や自己探求を描いた作品です。虚構と現実が入り混じる複雑な構成と、美しい文体で、読む者を魅了します。発表当初は評価が低かったものの、近年再評価が進み、川端文学の重要な一作として認識されるようになっています。

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