尹基協射殺事件

尹基協射殺事件について

尹基協射殺事件とは、1932年8月15日に発生した衝撃的な政治事件です。この事件は、日本共産党と日本労働組合全国協議会（全協）との間に存在した深刻な対立の中で起こりました。当時、東京市委員長を務めていた村上多喜雄が、全協の中堅幹部であった尹基協を射殺したのです。

党と全協の激しい対立

事件の背景には、日本共産党の内部での極左方針への反発がありました。労働者の実態をしっかりと理解していないインテリ層が党を指導しており、現場の意見が無視される状況が続いていました。党中央は全協の自立性を認めず、自らの指示に従わない者を排除しようとしました。この結果、全協の委員長である溝上弥久馬が逮捕され、その側近であった松原も除名され、党内の意見は二分化していました。

この時、全協内で活動していた朝鮮人の割合は非常に高く、1932年時点での構成員の約半数を占めていました。しかし却って、朝鮮人活動家は党内での地位が低く、尹基協のような中堅幹部でなければ出世が難しい立場にありました。

尹基協の殺害

村上多喜雄は、党中央からの指令を受けて尹基協の殺害を実行しました。この指令はスパイとしての汚名を着せられ、その結果として村上が行動に移ったのです。1932年8月15日の夜、尹と村上は東照宮近くを歩いている最中、村上が突然尹に対して発砲しました。村上は冷静に現場から立ち去りましたが、すぐに周囲の人々によって把握され、逮捕されました。この冷酷な行動は、彼の組織内の地位を高めるための一手だったのかもしれません。

尹基協の遺族と後の影響

尹の遺族は、彼の死を悲しむ暇もなく、周囲の冷たい視線にさらされました。特に、彼の妹は周囲の人々から距離を置かれ、孤立した生活を余儀なくされました。尹に関わっていた仲間の中には、彼の死の理由について議論を交わした者もいましたが、スパイ説に対する反発も多く、意見は二分しました。

報道と村上の評価

事件の直後、尹基協の名前が明らかになり、マスコミは彼の殺害を「共産党によるスパイ制裁」と報じました。村上は中央委員会において模範的な党員として称賛され、特集記事も組まれました。この矛盾した評価は、当時の共産党の内部事情を物語っています。

裁判と村上の最後

村上は逮捕され、一審では無期懲役の判決を受けましたが、二審で転向を表明し、懲役15年とされました。彼自身は、自身の行動が組織の欠陥の一環であったと認識していたようですが、真相を解明することは叶いませんでした。彼は結局、服役中に病を患い、31歳で亡くなります。彼の死は、ただのスパイ事件として片付けられるには余りにも悲劇的な結末でした。後に彼の死を悼む声はあったものの、尹の名誉回復は未だ実現していません。

結論

尹基協射殺事件は、単なる個々の出来事ではなく、日本共産党の内部対立が引き起こした深い亀裂を示すものです。この事件を通じて、権力と立場の間で苦しむ人々の姿が浮かび上がります。尹基協の名誉が今も回復されていない事実は、暗い歴史を背負った人々の無念を物語っています。

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